648話 暴論は事態を収める 02
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「つまり、『人攫い』をすればいいのね」
「違う。『救出』だ」
常識から外れたうえに冗談も通じない『絵描き』が、憮然として訂正する。
「そうだよ、レンちゃん。
助けるんだから、これは『救出』だよー」
「いいから、貴女は黙ってなさい」
「・・・ううっ」
やっぱり空気の読めない《姉》へ、2度目の警告。
「自分で救出できそうにないから、私に頼むのでしょうけど。
”じゃあ私に任せれば可能だ”という考え方も、随分と投げやりに感じるわね」
「どうしてじゃ?」
「確かに、お前が天界に乗り込んだところで、勝ち目は無い。
《先生》とやらを人質にされているのだから、向こうはどうとでも出来る。
”大人しくしないと、こいつを殺すぞ”。
そう宣言するだけで、お前の行動は全て封じられるわ」
「だから!そこを、儂の代わりに!」
「私が行っても、同じ事よ。
こちらの目的があからさまに見えている以上、相手の方針は変わらない。
そして。
人質を盾にして、愚弄までされた場合。
私の性格上、『両手を上げて無抵抗』なんてすると思う?」
「・・・ッ!!」
「そもそも、その《先生》が現在も無事だという確証は?
即殺されていない、と言い切れるの?」
「・・・・・・」
───ほら、簡単に終了。
───爺ぃも黙った。
こいつの話では、件の《先生》は著しく人間の範疇を超えていて。
天使は『そういうもの』を、積極的に処分しているという。
だったら、予想は難しくない。
【見つかって、すぐに殺された】。
そう考えるのが、ごく当然だろう。
何らかの『理由』があり、その場では殺されなかったとしても。
それならそれで助ける側としては、非常に厄介だ。
向こうに『理由』がある限り、攫っても、また攫い返されるだけ。
くだらないゲームに駆り出され、爺ぃの代わりを続けるなんて、吐き気がする。
───まあ、それは建前として。
実のところ、私にも天界───天使と直接に交渉する手段はあるのだが。
ここでは、使いたくない。
肖像画と引き換えでさえ、安易にその札を消費したくない。
連中に『貸し』を押し付けるのなら、まだしも。
爺ぃ絡みで『借り』を作るなんて、真っ平御免だ。
あいつらが実家に押し掛けて来た蛮行、忘れてなるものか。
何もせず、人間を遠くから眺めるだけ眺めておいて。
いざ自分達の意にそぐわないとなれば、裏でコソコソと画策する卑劣さ。
全て無かったことにしよう、という冷酷さ。
天使なんて、根本的にそういう連中なのだ。
ネイテンスキィ以外は、信用も信頼もしていない。
友好的でありたい、とも思わない。
彼女ですら、『私を信奉する信者』の部分しか認めていないのだ。
それならば。
私が直接に動かず、手札を切らず、どうにか出来る方法は。
何も失わず、誇りも傷付かず。
ついでにこの肖像画を、正当な所有物とする為には───
「───『とある筋』に対し、情報提供を求めるべきね」
「・・・ああん?
何じゃ、それは?」
「それが可能な者に、連絡してあげる。
ここに呼ぶわ。
その姿を見たら、ふふ───驚くと思うわよ?」
「「???」」
怪訝そうに顔を見合わせる、《姉》と《絵描き》。
その困惑をたっぷりと楽しんでから、私は言った。
「世界で一番、顔が良くて。
弱いけれど、心に芯があって。
大体にしていい加減な上に、うっかり屋で。
それでも地獄では、そこそこ名が通っていて。
女好きで手が掛かるけれど、優しくて、紳士で。
───私が最も大切にしている、『とても可愛らしい男』よ」




