647話 暴論は事態を収める 01
【暴論は事態を収める】
───これは、とてつもなく価値があるものだ。
冷静に、率直に。
何の悪意も侮蔑も交えず判断すれば。
まず最初に出てくる感想は、それだった。
飾る場所が限定されるような、特大のカンバスに描かれたもの。
私の肖像画。
ちなみに今回は、メインクーンではない。
ノルウェージャンフォレストキャットでもない。
まともな、ちゃんとした『絵』だ。
緻密で重厚な筆跡。
狂気じみた塗り込み。
けれども、それに反して。
幻想より現実のほうへ寄った《透明感》を前面に押し出している不思議さ。
───正直に言って、呼吸を忘れる程に素晴らしい。
───正直に言いたくないが、文句1つ付けられないレベルの作品だ。
肖像画の背景に、前回のような『イメージの花』だとかは無い。
その代わりにあるのは、現実の空気感を表現するべく試行を重ねた痕跡。
見えぬものを、そのままに留めようとする執念。
事実と異なるものは。
些か『豊か目』に描かれた胸部くらいか。
しかし・・・不快とは思わない。
この絵の製作者が、いかに低俗で歪んだ嗜好を持っているにせよ。
私の場合にだけそれが適用されない、というのも腹が立つ。
だから、良いのだ。
このままで良い。
貰えるものは、黙って貰っておくとしよう。
「───素晴らしい絵だわ。
気に入ったし、嬉しくも思うし。
自分が題材なのは恥ずかしく感じるけれど、城の広間にでも飾ろうかしら」
宿敵たる《絵描き》を、手放しで褒めたくはないのだが。
やはり肖像画の出来栄えに当てられてか、更に付け加えてしまう。
「先日、ジュンヤ・スエモリから寄贈されたものとも違う、趣きがあるわね。
何にしても。
『あれ』に並ぶほどの名画である事は、認めざるを得ないわ」
「儂は、儂以外の誰でもない。
だが・・・彼の者と比較されるのは光栄、と受け止めようぞ」
発言内容とは裏腹。
不遜な爺ぃが笑みを浮かべもせず、当然のように返す。
それきりだ。
想像していたより短い応えで切り上げ、その先を続けようとしない。
だからこそ、描いた作品に絶大な自信を持っているのが伝わってくる。
罵倒であれ称賛であれ、他者の評価は一切、受け入れるつもりが無いのだろう。
───頑固も頑固。
───それが《絵描き》というものか、それとも『ふり』をしているだけか。
「あの・・・レンちゃん、」
「口を閉じなさい」
「・・・・・・」
肖像画と私の間に、何度も視線を往復させている、自称:《姉》だが。
何か言う前に、きっちりと『意思表明』しておく。
親しき仲にも、礼儀は必要。
ただし、こちらにその義務は無い。
私が妹扱いを我慢している以上、姉を名乗るほうこそ気を遣うべきなのだ。
「でも・・・それはちょっと、ズルくない?」
「いいえ、ズルくないわ。
貴女はもう少し、空気を読む練習をしなさい。
朝起きて100回、就寝前に100回くらい」
「・・・・・・」
よし。
完全に黙らせた。
頬を膨らませてむくれた《姉》は、しばらく放置しておこう。
カップを持ち上げて、湯気の立つコーヒーを一口。
喉の奥を湿らせ、ひと呼吸置いてから。
さて。
こちらを睨み続けている、相性最悪の《絵描き》にしっかりと視線を合わせた。
「───それで?
この絵の対価として、どれくらい払えばいいのかしら?」




