646話 最終決戦 10
さあ、どうだ───どうなるか??
ガラガラガラ───ガラガラ。
───ぽとり。
「・・・こっ、これは!?」
「赤の1番!!
A賞、『ビッグサイズぬいぐるみ』出ましたッ!!」
「!!」
お嬢様、『跳んだ』。
一瞬だが確かに、小さく『跳びはねた』。
これもまた、俺じゃなきゃ見逃すとこだったね!
子供の頃、少年野球で2年間頑張った経験が活きたよ!
華麗に半回転し、後ろの棚からA-1のぬいぐるみを降ろして。
お嬢様の目の前に、それを鎮座させると同時。
「たけまるっ」
キラッキラの瞳で、その名を呼ぶお嬢様。
おお。
撫ででおられる。
撫でまくっておられるぞー。
ちょっとヤンチャで生意気な感じの。
現実のチワワよりよっぽど大きいそれを、もふもふ、ぐいぐいと。
いくら丈夫な公式品でもハゲちまうんじゃないか、ってくらいに。
───しかし、そんな心温まる光景を楽しみつつも。
───『玩具屋』店主としての俺は、『次』を考えてしまう。
これで、2回分が終了。
あと1回だ。
次で、全てが終わるのだ。
もう一度。
なんとしても連続で、A賞に来てほしい。
そして、そのA賞にも種類がある。
2、3、4、5、6と残っている。
果たして、どれがお嬢様の『欲しいもの』なのか?
本当の当たりは、どれなのか?
───勿論、ここで”どれを狙ってますか”と訊ねるのは、悪手だ。
───接客の何たるかを知っている俺は、そんな馬鹿な事はしない。
分かるのだ。
俺には、分かる。
お嬢様は、自分の『推し』を堂々と口にはなさらぬ筈。
心の中に秘めて、努力、行動でそこへ近付いてゆくというタイプに違いない。
ならば。
それだったら、こちらが出来る事は・・・ただ一つ!
「おじょ───お客様、次が3回目になりますが。
本当にお望みの賞品が当たりますように。
わたくし、微力ながら念じさせていただきます」
勇気を振り絞り宣言すれば、えっ、と小さな驚きの声。
それに構わず目を閉じて、胸の前で指を組み、手の平を合わせ。
「───当たれ、当たれ、当たれ───当たれ、当たれ───」
滅多と教会には行かない、不真面目な俺だからな。
祈る相手は神様じゃなくて、《ご先祖様》だ。
この人生の、残りの運を全て使い果たしてもいいから、当たれ。
お嬢様に、A賞の。
『一番嬉しいやつ』が当たりますように。
当たれ。
頼むから、当たれ!
俺のラッキーパワーよ!!
今こそ、メガインフィニティージエンドオブエターナルだッ!!
ガラガラガラ───ガラガラ。
神経を集中させる中、抽選機の回る音が聴こえて。
───ぽとり。
その音に、ゆっくりと目を開けて。
「・・・これ、は?」
「赤の6番!!
A賞、また出ました!!」
「あっ・・・あ・・・ああっ!」
お嬢様の唇から溢れる、喜悦の。
もはや官能的な吐息の領域にさえ達したそれが、鼓膜を震わせた時。
俺は。
大切な美しきお客様が、間違い無く『本命』を引き当てたのだと悟った。
「───どうぞ、これを───」
「かむぞうっ!」
黒竜の、「かむぞう」。
旅の仲間達は皆、いきすぎた能力があるにせよ、それでも『動物』だが。
彼だけは本当の、本物のモンスター。
”お前らはお人好しすぎるぜ!”、と言いつつ、実は彼こそ一番のお人好しで。
困っていたり苛められている者を放っておけない。
裏でこっそりと助け、それを自慢したりもしない。
そんな、「かむぞう」が。
妙にカッコ付けた、似非紳士みたいな彼が。
女性キャラクターには滅法弱くて、しょっちゅう騙されてる彼こそが。
どうやら、お嬢様の本命だったらしいな!
他にお客の居ない店内。
誰に憚る事なく、ぬいぐるみを抱きしめるお嬢様。
黒竜の首元に顔を埋め、幸せそうに頬ずりする姿よ。
ああ。
なんて美しく、尊いのだろう。
───守りたい、その笑顔。
───大切にしたい、この世界。
吸血鬼であるお嬢様が、人間の安全な暮らしを守るのだから。
ならばその御心を守り癒やすのが、人間の努めだ。
まあでも、俺より「たけまる」や「かむぞう」のほうが適任なのかなぁ。
触り心地も良さそうだしさ。
「・・・店主さん、手を」
「え?」
幸せな結末を迎えられた事に対し、胸中で《ご先祖様》へ感謝していたら。
お嬢様の声が聴こえてきて、我に返る。
「手をもう少し、こちらに」
「??」
よく分からないままで、前に出した右手。
それを。
正面から「かむぞう」を抱き締めたままの、お嬢様が。
自らの両手をもって、しっかりと包み込みながら、仰言ったのだ。
「貴方の応援があったからこそ、《勝利》を摑めた。
この長きに渡る戦いを、素晴らしい形で終えることが出来たわ」
「は───はいっ!」
「本当に・・・本当に有り難う、優しい店主さん。
私からも、我が祖先に祈っておくわね。
これから先。
貴方に沢山の幸せが、もたらされますように」
「かむぞう」の後頭部越しに見える、お嬢様。
少し涙ぐみ、それでも花束のように眩しい笑顔。
おいおい。
何だこれ、何だこれ、何だよこれは。
普通に、超特大の奇跡だよ。
ここは天国か。
感謝の言葉も、表情も、限界イッパイの《御褒美》すぎるだろ!
丸ごと捧げた筈の俺の幸運、即座に10倍以上になって返ってきたぞ!?
「一人じゃ使い切れない分は、またお裾分けしますよ!」
ちょっとイイこと言った感じの俺に、ふふ、と柔らかい微笑みと声。
───ちなみに、その後。
───”紙袋は必要ない”と断ったお嬢様は、店から出て行かれた。
深みのある赤と黒の、ドレス姿。
リュックを背負い、 「たけまる」と「かむぞう」を両脇に抱き締めながら。
最終決戦、終了である。
お屋敷まで戻る道のりは、さながら『凱旋パレード』だろうなぁ。
みんな、自重しろよ?
静かに、温かく、俺達のお嬢様を遠くから見守るんだぞ?




