643話 最終決戦 07
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(玩具屋ってのは・・・ホント、儲からねぇよな)
ラスロ・ハーティエンは、光沢剤も塗料も剥げた年代物の椅子に腰掛け。
しみじみと溜息をついた。
腰を悪くして隠居した親父から店を継ぎ、はや5年。
少しも売り上げが伸びない。
最低限のライン間際、超低空飛行の収支が続いている。
土地家屋はウチのもんだから良いものの、どうしたって経費はかかる。
光熱費の払いだって、馬鹿にならない。
あと少しすれば、ガンガンにエアコンを稼働させるシーズンが到来だ。
大して入らない客を待ってるより、店を閉めたほうがマシじゃないのか?
そこらのマーケットで『品出し』のバイトをしたほうが、プラスになるだろ?
ああ。
節約の名目でミルクもシュガーも抜きになったコーヒーの、悲しき苦味よ。
最近は・・・というか、親父の頃から、そうではあったのだが。
玩具屋は、単純に玩具を売る場所ではなくなった。
ゲームソフトとゲーム機を並べるのが、『現代の玩具屋』だ。
最低限、それをやった上で、他を付け足すのが普通だ。
そう。
ゲームを取り扱わない限りは、誰も来やしない。
プラモデルやトイガンなんて、転売可能なレア商品以外、見向きもされない。
そんな大層なもん、ウチの店にあるわけがない。
───店を引き継ぎ、半年くらい経った頃か。
───”もういっそのこと、『大人の玩具屋』にしようぜ”、と。
口にした瞬間、ブン殴られた。
しかも、3発。
親父のやつ、バッチリと腰が入ったパンチだったよ。
ふざけんなっての。
まあ、そんなこんなでウチは、『古臭い玩具屋』のままだ。
食い扶持のギリギリしか稼げない、ボロっちい小店だ。
(それにしても・・・・・・エロいなぁ)
いつも通り、レジの後ろで椅子に座りっ放しで。
スマホに映ってるのは、懐かしいミュージシャンの新作MV。
10代で衝動的にギターを購入し、当たり前のようにすぐ挫折した自分だが。
当時オッサンだったギタリストは、現在もオッサンのまま弾いてやがる。
(いやー、相変わらずのエロいギターだぜ!)
このオッサン。
音楽好きなら誰でも名前を知ってるくらい、有名で。
音楽誌が《名ギタリストTop 20》とかやれば、必ず入るだろう《大物》で。
そのくせ、本当に上手いかと言われると結構、評価が分かれるトコなんだが。
しかし。
そんなのはどうでも良くなる程、『エロい』のだ。
弾き回しが、圧倒的に『エロい』。
奏でる音色が、アホみたいに『エロい』。
何なら顔だって、昔っから『凄くエロい』。
とにかく全部エロくて、特濃。
俺だったら恥ずかしくて、とても家から出られないレベル。
『最高オブ最高』だ。
かなり売れてるボーカリストと組んだ、今回の新作。
要所要所でラテン系の旋律を差し込んでゆく、通常運転なオッサンだが。
全然、『合いの手』で済んでない。
そこまでやるなよ、ってくらい、嫌がらせギリギリまで押してる。
絡み付いてる。
セクハラだ。
相手の性別とか関係無しに、セクハラだよ。
猥褻なんだよ。
こんな音を出してるのに、なんで逮捕されねぇんだ?
この星の法律では、オッサンを裁けないのか?
誰か止めろって。
イヤラし過ぎて、耳が妊娠しちまうぞ?
───と、2回目のリピート再生に浸っていたら。
───ふと、異様な気配を感じた。
(・・・??)
入り口のガラス扉の向こうに、人だかりが見える。
5人。
10人。
いや、もっと居るか?
騒いでいる、という雰囲気じゃあないな。
そういうのは聴こえてこない。
全員、体の向きや視線が、左側に寄ってるが。
何だよ、いったい。
そっちに何があるっての?
どうせ暇だし、”見物してこようか”と立ち上がった時。
人だかりが、揺れた。
みんな揃って一斉に、後ずさりして。
店の真正面に、『空白地帯』が作られて。
「え」
良く晴れ、未だ明るい初夏の、17:00。
本日最初の《お客様》が扉を押し開き、入店。
───慌ててスマホをタップ、再生停止!
そりゃあ、いきなり聴かせちまったら失礼だもんな。
こんな、ドエロいギターは。




