639話 最終決戦 03
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走り出したら止まれない、『天然暴走狼』ことカールベンも凄いが。
つくづく頭が下がるのはやっぱり、マクシーの頭脳。
あいつの洞察力、先見の明ときたら、僕やファリアを優に超えてるよ。
素晴らしい。
唯一無二、の一言だ。
───先日の、《遮光カーテン》事件。
───あそこから、こんな具合に話が繋がるなんて。
あの日、マクシーが定期メンテで本家を訪れていなけりゃ、気付かなかった。
点と点が結ばれる事なく、僕らは何の心構えも対応もせずにいただろうな。
カールベンの馬鹿さ加減に呆れ、苦笑いするだけでさ。
「水道工事自体は、今更止められないよ。
来月の頭には全域、完了予定だとさ」
「ガニア領内での《正式な工事》を、こちらから妨害する手段は無いわね。
出来たとしても、すでに設置し終わった『何か』までは取り除けない」
「より正確に言うと。
設置し終わった『何か』が排出したモノを、どうにもできない、だね」
Webページからプリントアウトした《断水のお知らせ》を、机に投げ出して。
とうに冷めた紅茶を一口。
ファリアのほうは、カップの中身が丸々残っている。
───まあ、飲みたい気分じゃないのは理解できるよ。
───『この辺りの水』は安全だろうけど、心情的にはどうも、ね。
僕らが予想しているシナリオは、こうだ。
ガニア本家にて実験、生成された物質。
それが、奴等の領内で水道管を通して流された。
殆どの人間が飲んで・・・体内に取り込まれた。
その効能は、現時点においては『見えない』。
普通に生活する分には、おそらく何の悪影響も与えない。
ただし。
連中による合図があれば、一気に『発現』する。
催眠、もしくは擬似的な《眷属化》で、敵対する侵入者を阻害する。
物理的な方法で、立ちはだかるようにコントロールする。
勿論、これを行き過ぎた妄想、夢物語と笑い飛ばすのは簡単だけどね。
しかし、それを言うなら僕ら吸血鬼だって、『幻想の産物』さ。
『あるはずがない御伽噺』が、こうやって動いてるわけだよ。
予想が当たっていた場合には、大惨事どころじゃあない。
ズバリ、致命傷になるんだ。
ズィーエルハイトは。
《人間を攻撃できない》から。
他家の吸血鬼なら、鼻で笑って薙ぎ倒し、排除するだろうが。
僕らには、絶対にできない。
即ち、ズィーエルハイトに的を絞った防衛策。
所謂『肉の盾』っていう、最低最悪なやつだ。
”こんな事があってほしくない”、と願いはすれど。
ガニア本家と分家屋敷の周辺だけ、《真っ先に水道工事が行われた》事実。
それが判明した以上、何らかの細工がされた可能性が『大』なんだよな。
「おそらく、ガニア本家には《降下作戦》も通用しないわね。
むしろ、それを決行するほうが危険───」
「だろうね。
すでに敷地内というか、屋敷の中に相当数の人間を引き入れて備えてるかな」
「──────」
「・・・君さ。
次の《連合会議》でガニアの頭首を殺そう、って考えてるでしょ?」
「──────」
「きっと、もう来ないぞ。
僕があいつらだったら、出席しないよ。
フェンビックみたいに、”抜ける”とかも宣言せずに。
黙ってただ、不参加を貫くね」
「──────」
うっわあ。
こりゃ重症だ。
殺気がダダ漏れになってるよ、頭首様!
この件に関しては、これ以上深く突っ込ませたら危ない。
僕に無断で、何をしでかすか分かりゃしない。
カールベンは、考え無しで自然に特攻するタイプ。
ファリアは、考えたけどやっぱり特攻するタイプ。
比較するのは心苦しいが、結果としては同じだ。
放っておいたら、確実にとんでもない事態に発展する。
だってさ。
考えれば考える程、《この先》には幾らでもあるんだから。
水道経由で何かを飲まされた人間。
以降は、その血を樽には入れたくないだろうガニア。
だったら。
奴等はどこから『マトモな血』を集めるのか。
ひょっとして、お隣のスロバキア───例の勢力から購入??、とか。
「今はまあ、ここまでにしておこうよ。
対応策はもう少し情報を集め、確証を得てからだ。
勿論、僕とマリオンの仕事さ。
状況に進展があり次第、ちゃんと報告するし」
「それで───いいのかしら」
おーい、ファーリアーー。
冷静な顔してるけど、納得いかなさが声に滲み出てるじゃん。
どうにかして敵地に飛び込んで、思いっ切り殴れないかと。
力一杯、暴れられないかと。
そういう思考から離れろ、っての!
こんなに脳筋な『お姫様』、世界に2人といやしないぞ!
「いいさ、いいんだよ。
後の事は裏方のほうで上手くやって、『ちゃんとした形』にするから。
ええと・・・ほら!
確か今日、《最終決戦だ》って言ってたよね?
そろそろ、準備したほうがいいんじゃない?」
「───そう、ね」
「さあ、深呼吸して!
気持ちを切り替えて!
僕は自分トコに戻るけども、応援してるからさ!
吉報を待ってるよ!」
テンションを高め、強引に気を逸らすべく頑張る僕。
忘れろ!
とりあえず、ガニアの事は忘れてくれ!
「───ええ。有難う、クライス」
よし、上手くいったぞ。
殺気が消失した。
これからの事。
本日予定の、《対ガニア》とは違う《戦い》に思いを馳せているんだろう。
お姫様の表情が怒りから、緊張や不安へと変化した。
だけど、《そっち》については・・・ね。
有効な『策』なんて無い。
僕からはホント、”頑張れ”と応援するより他の、具体的な助力ができない。
ならば、どうするか?
答えは一つだ!
この機を逃さず、華麗に、慎ましやかに撤退するのみ!
それがズィーエルハイト分家衆・筆頭としての。
無用に事を荒立てない、地味だけど重要な役割なんだよ!




