632話 no malice 03
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「───私が此処で彼女を見付けたのは、8年前だ」
くすんだ銀の髪を風に靡かせ、天使が言う。
「すでにその時から、《状態》は良くなかった。
彼女は自分の脚で立って動く事が出来ず。
意思の疎通は可能であるものの、数日に一度しか発語がない。
どうにかしたい、とは思えど。
私には、それを改善する術が無かった」
「・・・・・・」
「同じ場所に長く留まれば、誰かに気付かれるやもしれぬ。
私としては、何としてでも移動させたかったのだが。
彼女は、断固としてそれを拒否した。
勿論、天使を信用出来ないのは当然であるし。
そこに加えて何か、《この場所》に居なくてはならない理由もあったようだ。
そして。
それは現在に至るまで語られず、解明されていない」
「・・・・・・」
『理由』か。
不調を押して、こんな廃墟に身を置く『理由』。
僕には、大体の予想がつくよ。
残念だけど───”もう意味が無い”、って事も含めて。
「何一つ状況が好転しないまま、月日が流れ。
その間にも彼女の具合は、更に悪化し続けた。
今年に入ってからは、呼吸こそしているが、意識が断続的に途絶えている。
体の一部に壊疽を生じ、左前腕部が折れ砕けた。
神経反射や瞳孔の反応も、日毎に弱まっている」
「・・・・・・」
「同じく、彼女を匿っていた私のほうも限界だ。
行動の不自然さを疑われたか、やんわりとではあるが、監視されている。
《救援要請》を発信したことにより、疑惑は『容疑』になった筈だ。
此処に踏み込まれるのはもはや、時間の問題だろう。
そうなる前に、」
「喋りまくるのは一旦、ストップだ」
冷静に、慎重に。
思考と感情をクールダウンさせながら、口を挟む。
「いい加減、僕にも話をさせろよ。
なあ。
今アンタが言った《状況説明》を信じる、信じないは別として。
一番肝心な部分をボカしてるのは、何故だ?」
「──────」
「何で、『彼女』を助けたがる?
即座に始末するのが当たり前の、天使が。
どういうメリットと引き換えで見過ごし、殺さなかった?」
「──────」
「さあ、ペラペラとカッコいい事を言ってみろ。
どうせ嘘をついたところで、僕には見破れないからな。
多少はハナシが破綻してても、勢いで押し込めるぞ?」
「───それは───」
「どうした?
事前に台本を読み込んでなかったか?
咄嗟にアドリブもかませない、ってか?」
「いや────これを伝えるのは得策ではない、と思うが」
「何だよ」
「何故、殺さなかったのか。
何故、助けたいのか。
それらに、《答え》は存在しない」
「はあ??」
「分からない。
どうしてそうするべきだ、と思ったのか。
したのか。
私には、それらを説明できない。
何も分からない───ただ、それだけだ」
「・・・へぇ〜〜。
そうか、『分からない』か〜」
「──────」
「ええと、8年間だっけ?
それだけの期間、他の連中にバレもせずに過ごせたのは。
隠蔽する技術を持ち合わせていたのは。
アンタが、ただの天使じゃないからだよな?
僕らを探して始末する、専門職とか、部隊とか。
そういうやつの一員だろ、お前」
「──────」
「これまでに何人、殺してきた?
せっかくだから、ちょっと自慢してみろよ、僕の前で。
なあ?」
「───2561」
精一杯の皮肉を、ものともせずに。
感情の無い一本調子な口調で、男が答える。
「私が《規格外品》を『削除』した回数は、2561だ」
「そりゃ凄い!
で、その数字は、アンタの同僚と比べてどうなんだ?
頑張ってるほうか?
それとも、恥ずかしいような成績か?」
「平均より高い、と評価されている」
「そうか、そうか!
おめでとう!
そんな優秀な天使様に出会えて、気絶するくらい嬉しいよ!」
───笑いながら。
───渾身の演技で笑みの形を作りながら、拍手した。
ただし、音は響かない。
この体は、【仮想分体】だから。
おまけに。
手の平ではなくて甲を合わせる、『裏拍手』だから。
どうせその意味を知っていたって、気にもしないだろうけどな。




