630話 no malice 01
【no malice】
”───Security against Fear───Security against Fear”
”現状にて、生命存続の可能性無し”
”ロケーションコード 6A138DE403,CF668054KD,573L9S806B”
”───Security against Fear───Security against Fear”
ノートPCの画面に映っているのは、ホワイトノイズ。
一般に言うところの、『砂嵐』だ。
音声は一切、出力されていない。
どんなに頑張って寄り目で見ようとしても、無駄。
立体画像じゃないから、平行法も交差法も意味を為さない。
この映像は、《分かるやつ》にしか分からないのだ。
該当者以外にとっては、本当にただの『砂嵐』。
「・・・・・・」
《ミスター独り言》と自分に名付けるような僕でも、言葉がないね。
出て来るのは、深い溜息だけだ。
昨日の夜から、これと全く同じ映像が各種動画サイトに上がりまくっている。
イタズラと判定されたかクレームが付いたかで、その幾つかは削除済みだが。
───このメッセージを、どう捉えていいのやら。
内容としては、《仲間》からの典型的な《救援要請》。
即ち、90パーセント以上の確率で、天使共が仕掛けた罠だ。
うん。
どう考えても普通に、見え見えの『釣り針』だよな。
まあ、こんな安っぽい罠に引っ掛かる《仲間》も、いやしないだろう。
暗号コードなんて、とっくに知られてる。
僕らも、知られていることを理解している。
奴等はこれを、解析する必要すらなかったんだ。
捕らえた《仲間》の脳から、抜き出しただけの話。
当然、そんなものを発信されたところで、無視するのが一番なんだけども。
───問題は《これ》が、とても古い書式で。
───現代ではとっくに使われていない、骨董品レベルだという事。
世代的には、僕のすぐ下あたり。
とっくに絶滅している筈の《仲間》が使っていた暗号だ。
何で今更、こんなものを餌として選択するのか。
必死で世界中に流す必要があるのか。
昔と違い、僕はよほどの知り合いじゃない限り、《仲間》と付き合わない。
極力、縁を持たないように気を付けている。
そうする事で、少しでも彼等の安全性を高めたいから。
巻き添えで殺されてほしくないから。
加えて、僕自身も天使が恐ろしいし、処分されるなんて御免だ。
生きるも死ぬも、自分の意思で決めたい。
神の如き冷酷さで不良品のように扱われたくない。
『他の世界』へ泳いで渡る勇気は、無かったけれど。
”弱いから”と、存在を諦めるほど生命を軽視してもいない。
ああ。
グダグダと言い訳するのは、止めにしよう。
つまり、僕は自分の命が一番で。
その次に、昔からの《仲間》が大切で。
その他の《仲間》を助ける余裕は無い。
可哀想だが、力を貸してはやれない。
見つかれば、即座に消される。
何の抵抗も出来ない。
リスクが大きすぎる。
───それでも、《これ》は。
───この《救援要請》は。
0.001パーセントの確率で、本物だとしたら。
僕と同じくらい古い世代の奴が、まだ生き残っていて。
他の《仲間》を巻き添えにする可能性を知りつつ、こうするしかない状況で。
最後の最後、一縷の望みをかけて発信しているのだとすれば。
そいつは今、どんな気持ちなのだろうか。
涙さえ、涸れ果てようとしているのか。
そう考えてしまうと、もう。
物書きをやってるどころじゃ、なくなってしまった。




