629話 走って止まって、気にしない 05
「あー、でもさぁ。
そこまで分かってて、《俺を飼う》のには反対しないんすか?」
「娘は、幼い頃から動物が好きでね。
図鑑に載っていた狼も、随分と熱心に眺めていたよ」
「ほほう」
「責任をもって飼うなら、親としては認めてやりたいところだ」
「・・・ちなみに、《飼う》ってやつの意味は?」
「それはもう、決まっているだろう。
決められた時間に、食べ物と水を与え。
決められた時間に、思い切り走らせ。
多くの人間がいる場所を歩く時や、夜の間は首輪に鎖を掛ける。
そういう事だな」
「・・・何だ、思ってた通りか!」
うん。
だったら、安心だな!
───いや。
───待て、なんかオカシイぞ?
初めて会った日、俺はビエラちゃんに”自分は狼だ”と言ったけども。
あれは完全に、『冗談として』ウケてたよな?
つまり、あのコは。
俺の正体を知らないんじゃなく、《見えてない》わけだ。
────。
このオッサン、ビエラちゃんが昔から『動物好き』だった、って言うが。
それだと、変じゃないか?
今の俺のこと、狼だと分かってないんだぞ?
《人間形態》でしか、会ったことないんだぞ?
それでどうして、《飼う》になる?
あと、ビエラちゃんの御両親。
まさか、実の娘だけが《見えてない》ことに、気付いてないのか??
そこんトコ、何十年も流してきてんの??
「カールベン君。
君は、アスランザが良い暮らしを送っていると思うかね?」
「え?
ああ、そりゃ思うっすよ。
よく食べて、よく運動して、たっぷり愛情を貰ってるしさ。
こんな恵まれた環境、なかなか無いだろうな、って」
「・・・それなら、君も《飼われて》みるかね?」
「悪くないっすね!」
「そうか・・・うん・・・そうか」
「けど、俺も仕事があるんで。
世話になってるトコに、そういうのは通さねぇとマズいっすね」
「ふむ」
オッサンが頷き、静かにウイスキーを飲んで。
それから、ソーセージをガブリ。
俺も同じように、ガブリ。
「君は、隣の街で暮らしているそうだね。
そこに比べて此処は、色々と不便もあると思うが」
「いやー、全然そういうのは、構わないっすよ?
狼なもんで。
井戸の水だって、そのまま飲んでオーケーだし」
「ふむふむ。
山を降りれば、水道もあるけどね。
だからといって、『街なら苦労が無い』というわけでもない。
聞いた話だと、最近は老朽化した水道管の交換で、頻繁に断水しているとか」
「どっちがいい、悪いでもないんだろなー。
俺は好きなヤツが周囲に居るなら、それでいいや、ってなもんで」
「娘のことが、好きかね」
「あー、好きっすね!」
「・・・そうか」
オッサンの顔に、不器用だけど安心感のある笑みが浮かんだ。
俺、こういう人間には好感がもてるぞ。
奥さんも、そうだし。
ビエラちゃん家はみんな、もれなく『脚がいい』んだよ!
一応、アスランザを含めてな。
これから先、俺が此処で《飼われる》としたら。
ガニア領内での『出張所』みたいな感じになるのかね?
ええと───もう少し格好付けて言えば。
『ガニア領・ズィーエルハイト大使館』??
いいんじゃねぇの、コレ?
まあ、そのあたりはファリアちゃんが、丁度良い具合にしてくれるだろ。
よし!
悩むの終わり!
せっかくソーセージが美味いんだから、あれこれ考えるのは止めておくかー!
ウイスキーも中々、好みの味だしな!




