626話 走って止まって、気にしない 02
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さて、御実家までビエラちゃんを送り届け。
”それじゃあ、さいなら!”、と帰途に着くつもりだったんだが。
───それを、見事に阻止してくれたヤツがいた。
───無視するには、ちょっとばかし厄介で面倒臭い、『危険生物』が。
”・・・こっちへ来い、狼”
「よお、アスランザ。元気にしてたか?」
”いいから、早くこっちへ来るのだ”
巨大ワンコが、相変わらずの『凶悪顔』で俺を誘導し。
連れて来られたのは、ちょっと家屋から離れた井戸の横。
最近はあまり見かけなくなった、手動汲み上げのタイプだ。
飲む為には、濾過や煮沸が必要なんだろうな、人間だと。
「さては、俺を突き落として闇に葬ろう、ってか?」
”落としたところで這い上がるだろう、お前は”
忌々しげに吐き捨てるボルゾイ。
そのつもりがあるのか、ないのか、どっちだよ?
こいつの場合、《機嫌が悪い》とも《本来の性格だ》とも、判別が付かない。
どっちにしたって、友好的じゃねぇのは確かだけどさ。
「あー・・・とにかく、スマン。
余計なのを3匹もくっ付けてきたのは悪かったよ、ホント」
そんなに悪いたぁ思ってないが、形だけでも謝罪しておく。
高度な社会性を身に付けた俺に、失敗など殆ど無い!
「なんなら、今からでもブチのめしに行くが?」
”そんなことは、しなくてもいい。
あれらは、『時々見かける連中』だ。近くにまでは寄って来ない”
「・・・・・・」
うーーん。
確かに、距離的には遠いなぁ。
ビエラちゃん家は、何処から何処までが所有地なのか分かんねぇや。
お隣さんが見えない、とにかく広大な面積だ。
一応、『警戒班』の奴等が窺ってるのは、その外側かららしい。
嗅覚と気配探知に優れた者しか気付けない、相当に離れた位置だ。
けどなぁ。
それでも、番犬としての責任があるだろうに。
「慣れてるのはいいが、あんまり油断するなよ?
アレは、ただの狼じゃねぇんだ。
もしもの時、あいつらと戦っても勝ち目は無いからな?
そこは理解してるよな?」
”無論だ、狼。
だが、向こうから襲い掛かってくるとは思えん”
「どうしてだよ?」
”あやつらは、人間の前に姿を現す事を嫌がっているようだ”
おー。
そういうトコロまで、何となくでも分かってんのか。
流石は、猟犬様だね。
「じゃあ、ここの家族が外出していたらどうなる?
お前自身が狙われた場合は?」
”それも、有り得ない。
獣は、《狩り易い獲物》から優先して狙うのが道理だ。
この山には、いくらでもそういうのがいる。
そして、アスランザは。
倒されるにしても、相手に幾つかの傷を与えるだろう”
「そりゃあな。
好んで痛い目に合いたい馬鹿は、居ないわな」
あの連中は厳格な『規則』に縛られ、働かされている。
吸血された挙げ句に、絶対の服従を強いられている。
領地線の警戒は、余計な痕跡を残すのが厳禁の《お仕事》だ。
人前に出ることなんて、かなりのアウト。
おまけに、ただのワンコであるアスランザを始末するのもメリットが無い。
どう考えても『推奨外』。
それなら一応は、大丈夫か。
《上》からの特別な命令でもなきゃ、安心だろ。
「言っとくが、俺は『ああいう狼』とは違うからな?」
”お前のほうが、たくさん危険だ”
「そりゃ、褒めてんのかね?」
”人間のふりをして人間と話したりする分、狡くて汚い。
新しい、『おかしな狼』だ”
「よし。やっぱり褒められてなかったぜ」
”だが、アスランザが話したいのは、そういうものではないぞ”
「うん?」
”とても大切な話をする。
もっとこっちへ寄るのだ、狼”
声を顰めた白のボルゾイが、ばっし、ばっし、と顔で俺の膝横を叩く。
お前なぁ。
普通はそれ、言ってる事と反対の意味になるんじゃねーの?
「痛ぇよ、コラ!
それで?
何だよ、変に勿体つけやがって」
”・・・アスランザは、御主人と仲が良い”
「おう」
”だから、御主人はアスランザに《秘密の話》をしてくれる”
「へえぇ」
”それを特別に、教えてやろう”
「いやいや。
駄目だろーがよ、《秘密》を喋ったら」
”駄目ではない。
駄目なのは、お前のほうだ。
急にだと困るだろうから、わざわざ《秘密に教えてやる》のだ”
「あ?
俺が? 困るって、何を??」
”いいか。よく聞くがいい、愚かな狼め”
やや腰を落とした俺の顔に接近する、ボルゾイの細長い面。
ふっ、ふっ、と大きな息遣いが恐ぇぞ。
頼むから、噛み付かないでくれよな。
”これは、もう少し先でおきることの《秘密》なのだが”
「おう」
”御主人は、お前を《飼う》つもりらしいぞ”
「・・・・・・えっ???」




