622話 表彰される??いやあ、身に余る光栄ですねぇ! 01
【表彰される??いやあ、身に余る光栄ですねぇ!】
「・・・つまり、簡単に纏めますと。
菱形マスカットや火薬イモに含まれる、ニトロコラーゲン菌が。
鱗の生成代謝に関与したり、腸内の『悪玉放射能』を取り除いたり。
とにかく良い事が沢山。
デメリットは、多少靴のサイズが大きくなる程度、と。
そういう事ですね?」
”はい。毎日、1キログラムを目安に摂取してもらえば”
「成る程。
良く分かりました。
本日はお忙しい中、大変興味深いお話を有難う御座いました」
”有難う御座いました”
「それでは、失礼いたします」
”はい、失礼します”
手元のラップトップ画面から、リモート接続していた相手の映像が消える。
それを見せないタイミングで、スタジオカメラは『こちら』に戻った筈だ。
「株式会社ネクロサイエンス、健康促進研究室のフォルゴーさんでした」
「時刻は今、16:30を回ったところです」
私の《締め》に、女性アナウンサーのカルミアが自然に《繋ぐ》。
───よし、いいぞ。
その表情は、合格だ。
『丁度ぴったりの笑顔』だ。
お昼すぎから夕方までの、情報バラエティー番組。
お固いニュースに、芸能スキャンダル、ファッションやグルメ特集だってやる。
視聴者のコア層は当然、主婦。
即ち、女性がターゲットだ。
それを意識していないと、どうなるか。
『完璧な美貌の女性アナが完璧に振る舞う』というのは、見事に反感を買う。
少し不器用だが元気で、応援してやりたくなるような。
番組司会者から時々突っ込まれ、庇ってやりたくなる近所の娘のような。
そういう愛嬌や幾許かの不器用さが、女性アナには必須であり。
勿論その事を理解し、実践出来るからこそ、カルミアが抜擢されたのだが。
「ところで───ヤックモルさん」
「はい」
む。
どうした、ここでアドリブか??
「もしかして、緊張していませんか?
大丈夫です?」
「・・・どういう事でしょう?」
「次のコーナー、わたし『は』楽しみなんですけど」
「・・・・・・私『も』、そうですよ?」
こいつ!
新米アナのくせに、司会者をイジってきやがった!
お前、入社一年目だろ!!
この番組にだって、初登場からまだ一ヶ月だぞ!?
いくらなんでも早くないか、そういうの!?
いやいや。
まあ、受けて立つが。
自分は219年間も、当番組の総合司会者で。
《やっくん》《ヤクモさん》の愛称で呼ばれる、有名アナだ。
大御所だ。
経験豊富、百戦錬磨ゆえ、この程度では動じやしないが。
全然、平気だが。
(う・・・うぐぐ!)
分かっては、いる。
明らかに『これ』は、お茶の間の皆様を喜ばせるべき場面だろう。
咄嗟に少々不貞腐れた、それでいて澄まし惚けた顔を作りはしたものの。
───実のところ、内心は穏やかではない。
そりゃそうだ。
次のコーナーは、アレだ。
奥様方に大好評の、《まちかど♪天気予報》だ。
『エブリデイ・ライク・ヘル放送』における、史上最悪の《危険因子》で。
非常に高い視聴率の為、切るに切れない、あの《問題コーナー》だ。
───ああ。
───マズい。
何がマズいか、って。
さっきから、現地入りしている筈のスタッフ達と連絡が取れない。
社用通信も『直接私信』も、全く応答がない。
あいつら全員、どうなったんだ?
コズミックラグビーや鉄球ホッケー部出身の、体育会系で固めておいたのに!
これは全員、物理的に《落ちている》か。
もしくは、精神的に《堕とされている》のか。
前者の場合は、その分の手当を払った上で休ませる必要があり。
後者だとしたら、新たなスタッフを募集、教育しなければならない。
どちらにせよ、今回の放送は駄目だ。
もはや手遅れだという事だ。
「それでは、いってみましょう!
《まちかど♪天気予報》!
中継の、オルトゥさ〜〜ん!」
嫌になるくらい楽しげな新米アナの呼び掛けに、こめかみがヒクつき。
「───はいッ!
皆さん、どうもー!
《まちかど♪天気予報》担当の、オルトゥです!」
モニターに映ったのは。
というか、その背景は。
まったくもって、見たことのない場所。
ほらこれだ!
やっぱり、こうなったよ!!
本来は駅前広場で、噴水をバックの『定点中継』だぞ!?
お前、今どこに居るんだよ!?
しかも、またもや『自撮り』か!!
私物のカメラを仕事で使うなよっ!!
高級品だな!?
給料全部、つぎ込んでるのか!?
ローンか!?
「・・・いやあ、外は良い天気のようですね」
ニッコリと微笑み、平静を装って返したが。
ぷぷ、と笑う女性アナの声が、隣からハッキリ聴こえた。
───自分の額には確実に、特大の青筋が浮かんでいることだろう。
放送業界へ身を置き、今年で504年目。
ヤックモル・ター・ドヴァーンの体は、小刻みに。
『よくよく見れば分かる程度』に震えていた。
それすら『込み』で期待してくる視聴者と、局の上層部にも。
あのバカガラスに対する怒りと同じものを、感じていた。




