621話 助けなくもなし 06
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「・・・いいか、マーカス。
うちの姉ちゃんは、激しく《鈍感》だ」
マリーに無断で僕が淹れた、インスタントなコーヒーを啜りつつ。
何故か声を潜めて、ピアーゾが言う。
眉間に皺が寄ってるぞ。
やっぱり恐いな、お前。
「生半可な台詞じゃあ、『単なる好意』として処理される。
実際、俺は居合わせたことがあるんだ。
女好きで名高い悪魔が、そりゃもうベラベラ喋って口説いてる場面に。
けど、姉ちゃんはニッコリ笑ってさ。
そよ風みたいに軽く受け流してたぞ?
まったく少しも、口説かれてる自覚なんかありゃしなかったよ」
「・・・うわあ・・・」
《女好きで名高い悪魔》?
バルストみたいなもんか?
《そういうプロ》でも太刀打ち出来ないってのは、マジで筋金入りだな。
「控えめに言ってマーカスには、それを突破可能な『トーク術』なんて無い」
「うるさいぞ。
お前も”恋愛初心者だ”、って言ってたろうが」
「ああ。その通りだよ。
けどな。
パニクって、緊張して、自分の恋愛だと上手くいかなくても。
自分以外へ、『余計なお世話』をかますくらいなら出来るだろ?」
「・・・うん??」
「俺、次に姉ちゃんと会った時、マーカスを褒めておくよ」
「!!」
「そりゃ、嘘までは付けないけどさ。
今日この場で感じたことを、ありのまま。
男として”凄いな”と思った、アンタの部分を。
不自然じゃない程度にアピールしておくから」
「それは・・・有り難いが」
僕もコーヒーを一口飲んで、考える。
どんな時にも、ただ美味いだけのハナシは無い。
相手が悪魔だから、とかではなくて。
何かを得る為には、何かを失う必要がある。
必ずや、ある。
質量保存、幸福絶対量の法則。
そして、この場合だと。
《契約条件》の確認が、非常に重要だ。
「それで?
代わりに僕は、何をすればいい?」
「マリーに俺のことを、意識させてくれ。
ほんの少しずつでいいから、俺がやるのと同じようにしてほしい」
「・・・ふむ・・・」
「俺はマーカスの『代役』じゃなく、マリーの正式な彼氏になりたい。
マーカスは『弟』としてじゃなく、うちの姉ちゃんと恋愛関係になりたい。
要は、陰で協力し合おうってわけだ」
───まあ、単純すぎて即効性が薄いやり方だが、悪くないな。
───この先に望みを持てるなら、その為に努力するのは惜しくない。
「だから、マーカス」
「うん」
「まずは、『帰るな』よ?」
「へ?」
「買い物から戻ってきたマリーは、すぐに言うだろう。
”じゃあ、とっとと帰れ”
”目の前から消えろ、クソ兄貴”
もしかしたら、それ以上の暴言を吐くかもしれないけど。
けっしてそれは、《本心ではない》」
「・・・うげぇ・・・」
「絶対に、帰ったら駄目だからな?
席を立つなよ?
瞬間接着剤で固定されたみたく、意地でも居座れ。
そんで、今夜は泊まっていけ」
あー、いやいや。
ここ、僕の実家だけどな、一応。
まさか、家族以外から宿泊を請われる日が来るとは。
そんなの特務に就いて以来、両親にさえ言われたことないぞ?
「暴言が表面上にしても、マリーに対して正面切って逆らえと?
最悪の場合、僕は死ぬかもしれないんだが。
その責任は取れるのか?」
「馬鹿!
俺がついてるって!ちゃんと援護するから!
そんな恐・・・ゾンビみたいな目をすんな!」
「お前、今何を言おうとした?
いや、ゾンビも大概、失礼だぞ?」
「握手だ、握手しようぜっ!
なっ??
俺達はあらゆる手を尽くして、互いに幸せを掴むんだ!
そうだろっ、マーカス!!」
「・・・ああ」
テンション高く差し出された手を、反射的に握り返したものの。
本当にいいのか、これで?
まさか《こんな内容》で悪魔と契約するとは、想像してなかったよ。
実家で。
召喚陣も無しにさ。
───苦しい、動悸が激しい。
───目眩と発汗が酷い。
至極当然の、圧倒的恐怖からくる生理現象だ。
おそらく後10分もしないうちに叩き落とされる地獄を思えば、気も遠くなる。
”とっとと帰れ”?
”目の前から消えろ”?
マリーがそんな生易しい表現、する訳ないだろ。
どう考えたって、即座に『回れ右』で逃げ出したほうが楽に決まってる。
こんなの、あれだよ。
カルト教団本拠地の庭で、テント張ってキャンプしてこい、と同じだよ。
ちくしょう!!
もういっそのこと、ブッ壊れないかな、地球丸ごと!!
「ピアーゾ」
「どうした、マーカス」
「お前、口喧嘩でマリーに勝ったことはあるか?」
「分かりきった事を聞くなよ」
・・・ははは。
やっぱり無理だ。
大怪獣マリーを相手に、出たとこ勝負。
おまけに逃走不可。
僕達は、人型をした2本のサンドバッグにすぎない。
終わったな、これ!
明日の朝には検死台の上か、棺桶の中か!
───ピロリロ、ピピン♪ピロリロ、ピピン♪
”今から戻るね”
送られてきたショートメッセージに返信しようと試みたが。
指が震えて、フリック入力を失敗しまくった。
”気を付けて、安全運転でな”
その文面は確かに、僕の本心だ。
『本心の全て』では、ないにしても───




