617話 助けなくもなし 02
「・・・マリー。ちょっと、席を外してほしい」
出来るだけ穏便に、優し目な口調で《お願い》してみる。
「男同士、じっくりと話したい事があるんだ。
しばらくの間、買い物にでも行っててくれないか。
片道30分くらいかかる、滅茶苦茶混み合った大型マートとか」
「───あ"あ"??」
《お願い》したんだが。
返ってきたのは、マフィアばりの恫喝だ。
お前な、それ彼氏に聞かせていいのか?
そういうの『込み』で付き合ってんのかよ?
「嫌なら、こっちが2人で外に出て話すが?」
「やめてよ!通報されるじゃない!」
されるだろうな。
真っ先に誰かさんが掛けた、電話によって。
んでもって、逮捕されるのは『僕だけ』だろ。
何せ、血の繋がった実の妹だ。
それくらいは《信用している》さ。
「・・・俺も少し、お兄さんと話がしたいんだけど」
「え、そうなの?
じゃあ、ワインとかローストビーフとか、買ってくるかな。
今晩、泊まってくんでしょ?」
最後の問い掛けは明らかに、僕ではなく彼氏に向けたものだ。
けっ!
爛れた関係かよっ!
両親が旅行中なのを良い事に、ヤりたい放題だな!
糞カップルめ!
「まあ、好きなだけ話し合えばいいけどさー。
あたしが戻ってきたら、兄貴はすぐに帰ってよね」
「ハイ」
あ。
思わず、いつものように即答してしまった。
おい、お前が僕を呼び付けたんだろうが!
彼氏を見せびらかす為に!
こっちは休暇を潰して来たんだぞ!
ホテル代まで出せってんのか!?
「じゃ、ごゆっくりー」
得体の知れない不気味なウィンク(彼氏用)をかます、マリー。
玄関のドアが閉まる音。
ミニバンのエンジンが始動、砂利を踏んで発進する音。
どんなに目を凝らしても、車体が窓から見えなくなるまで待って。
ようやく僕は、深々と息をついた。
何故かそれは、彼氏も同時だった。
「・・・この際、お前が悪魔だとかは置いておくけども」
目を合わせないまま、会話の先手を取りにゆく。
「凄い趣味してるんだな?
うちの妹の、どこが良いんだか。
まあ、お互いに苦労する『見た目』だからな。
アレ以外に選択の余地が無かったのかもしれないが」
「自分を卑下したくなる気持ちは、分からなくもないけどさ。
地味にマリーの事を悪く言うのはやめろよ」
「いいや、やめないね!」
「マジで性格悪いな、アンタ」
そりゃそうだ、定評があるよ。
地元の悪ガキ共と我が妹が、そうさせたんだよ。
たっぷり時間を掛けてな。
「・・・俺、マリーと付き合い始めた時に、尋ねたんだ。
俺のどういうところが好きなのか、って」
「恋愛トークとか吐き気がするけど、一応は聞いてやる。
話のネタに」
「・・・・・・”貴方の顔が好きだから”、ってさ」
「冗談も大概にしろ」
「ホントなんだよ。
ホントにそう言ったんだよ、マリーが」
「へーー。あ、そーーう」
「俺は、嬉しかったんだ。
こんな出会う奴みんなが眉を顰めて距離を取るような、俺の顔をさ。
あんなにキッパリ、”好きだ”って言ってくれたのがさ」
「よし。そろそろ自慢話はやめてくれないか」
「・・・だけど、喜べたのは今日、アンタに会うまでだよ。
俺、自分に自信が無くなっちまった。
元から無かったけど、更に。
マイナスまで下っちまったよ」
「そういう方向なら、歓迎するぞ。
お前の愚痴に耳を傾けてたら、幸せな気分になれる」
「・・・確信、したんだよ」
「何をだ」
「マリーってさ・・・・・・ブラコンだろ」
「はああああっ!?」
咄嗟に、力一杯叫んだ。
波動の気を溜め、両手の平から放出するような、魂の咆哮。
ただし、語尾の調子はしっかりと、『最大級の疑問形』でだ!




