612話 Bloodline 04
「───まだ家名も無かった頃。
此処より更に北の地で、我等の祖先は生まれた。
弱者が弱者と、身を潜め合い。
新たに誕生する命もまた同じく、弱者にすぎず。
周囲から呼ばれる『名称』───『賤称』は、あったらしいが。
《伝承録》には敢えて、書き記されていない。
おそらくは、たっぷりと侮蔑を含む、最低な呼び名で。
《彼の者ら、吸血鬼に非ず》、という意味だったに違いない」
・・・・・・。
じくり、と胸に痛みをおぼえた。
それは。
『もう一つの自分』、その一族が受けてきた仕打ちと同じだ。
「ハンガリーに流れ着き、私が頭首を務める現在でさえ。
我等はずっと、弱いままだ。
『気狂いのズィーエルハイト』として、どれだけ恐怖を振り撒こうと。
昔から何も変わらず、弱者の集団であり続けている」
「───けれど。
《樽の血》を飲んだなら、分かる筈。
ズィーエルハイトはすでに、『吸血鬼ではない』のだと。
吸血鬼に対するものとは、『別の思い』を。
人間達から託されているということが」
ええ───そうね。
きっとそれは、私の意識が通り抜けた、やけに鮮明な過去の。
年老いた男によって捧げられた血。
悲しみ。
約束。
「『伝来の妖族』は人間を殺す、危険な存在。
その中でも特に強大で猛悪たる、『吸血鬼』の振る舞いに怯え。
人間は、心の底から助けを求めた。
縋り付いた。
よりにもよって───『吸血鬼』の最弱集団たる、我等を頼った」
・・・・・・。
「《この地から、恐ろしき吸血鬼達を追い払うこと》。
彼等と約束を結んだことで、我等はズィーエルハイトとなり。
それと同時に、『吸血鬼ではなくなった』。
『吸血鬼を打倒する吸血鬼』。
『ズィーエルハイト』という、新たな『伝来の妖族』になった」
───意識が、灰色の雲海を突き抜け、眩しい光に包まれて。
───はっ、と我に返る。
「どうして、我等を選んだのか。
我等でなくてはいけなかったのか。
こんなにも弱いのに。
他の吸血鬼と戦えば、倒されるに決まっているのに」
伝承を謳うようだった声の調子が。
いつの間にか、拗ねた子供の『愚痴』へと変わっていた。
「理屈で考えれば本当に、納得がいかないけれど。
それでも当時の、初代頭首を含めた祖先達は、嬉しかったのね。
『怖がり』の人間から一心に期待され、願われた事が」
・・・・・・。
ファリア・ズィーエルハイトは、肩をすくめて。
苦笑混じりの小さな溜息を落とした。
その歳相応の、ついさっきまでと違って恐ろしくはない表情を見て。
私は。
永きに渡る『もう一つの自分』への疑問に、解がもたらされたと悟った。




