611話 Bloodline 03
ズィーエルハイトの保有する血を、飲む。
他家である、私達が。
何故なのか。
それが何を意味するのか。
少しも分からないが、拒絶は絶対に不可能だ。
恐怖から逃れるには、向こうの言いなりになる他に術無し───
代表として『盆』を受け取った私の手で、盃を全員に渡してゆき。
押し黙ったままの郎党達に、震える声で告げる。
「・・・飲め」
それは、先程のファリア・ズィーエルハイトとまったく同じ台詞。
威厳など微塵も無い、ただの号令だ。
シンプルに、”さあ、死のうか”と言っているのに近い。
そして、それはまず私から始めなきゃいけない。
割り当てられたものを落とさぬよう、震える両手で保持している皆に先駆け。
無心というか、”どうにでもなれ”の心持ちで、唇へ盃を当てて。
一口だけ、飲んだ。
否。
慎重に含むつもりが、一口だけで飲み干してしまった。
あまりにも魅惑的な、香りと味のせいで。
「・・・!!!」
一瞬にして振り回され、遠心力を掛けられたように。
───脳が、頭蓋ごと揺れた。
───見知らぬ何処かの『景色』と『記憶』が、流れ込んできた。
「吸血鬼という存在は、ただの夢───幻にすぎない」
遠く遠く、近いのに遥かな場所から。
ファリア・ズィーエルハイトの呟く声が、聴こえた。
「人間は弱くて、とても怖がりで。
見えるもの、見えないもの、対処不可能なもの。
全てが恐ろしくてたまらなくて、『伝来の妖族』を生み出した。
想像を『形』にし、何らかの説明を付け、僅かでも安心を得ようとした。
それなのに。
その行為にさえ、《救い》は無かったわ」
・・・・・・。
「『伝来の妖族』の殆どは、害悪をもたらす存在。
さほど攻撃的ではない種族さえ、そうさせておく為には手順や作法が必要。
僅かにでも誤れば、たちまち牙を剥く『凶悪な化け物』」
「人間には、信じられなかったの。
自分達に優しくしてくれるような、『人間以外』を。
お伽話でさえ作れないほど、手の施しようの無い怖がりなのよ」
───私の意識が、古い情景の中を飛行している。
たくさんの人間が、死んでいた。
勝手に姿を、名を与えた私達に。
『吸血鬼』に引き裂かれ、血を吸われ。
のたうち回りながら殺され、死体を積み上げられて。
ただひたすらに、『脆弱な獲物』として虐殺されてゆく。
それは、逃れられない現実の。
陰惨極まる《苦界》だった。




