610話 Bloodline 02
「・・・おい。
そりゃあ『無し』だぜ、お嬢さん」
やや離れた位置に立つ男が、即座に口を挟んできた。
「最初に言ったよな?
『戦闘行為』は、一切無しだ。
どちらか一方からでも攻撃を確認すれば、この空間を解除する。
それで交渉は『お開き』だぞ?」
(うう!・・・バレてるしー!)
この世の終わりを悟ったように陰鬱な目をした、黒スーツの男。
ここ最近、裏界隈で良く名を聞く悪魔───アルヴァレスト。
おそらくはドラゴンだ。
まさか、ズィーエルハイトと関係があったとは。
その隣でリーシェンも、瞬き一つせずに私を見つめている。
そりゃあね。
《数少ない友達》である彼女の口聞きだからこそ、この話に乗ったけども。
どう考えたってこの状況は、虐殺される一歩手前というところだ。
『戦闘行為』の禁止?
たかだか口約束で、何の保証になるっていうのよ。
ズィーエルハイトは、そんなに甘い連中じゃないでしょ!
出くわしたら死ぬまで戦い続ける、狂気の暴力集団よ?
吸血鬼でありながら、吸血鬼以上の『超危険分子』なのよ!?
「───あまり軽率な振る舞いは、しないことね」
より冷酷さを増した口調。
ファリア・ズィーエルハイトの物言いが、的確に精神を抉る。
「交渉を求めるなら、それなりの態度で臨みなさい」
「・・・・・・」
いやいや。
『交渉』とは言うけどさ。
つまりは”動くな”、”喋るな”ってことよね?
実質、何もできないじゃん、マイネスタンとしては。
───露わにはできない不満を堪え、無音の溜息をついていたら。
───ズィーエルハイト陣営の『奥のほう』で、動きがあった。
何名かが大きな盆を抱え、進み出て来る。
小さな硝子の杯を幾つも載せて、ゆっくりと。
ああ。
そこに何が満たされているのかは、至極明快で間違いようもなかった。
「それらは全て、本家の樽から汲んだばかりのものよ」
「・・・・・・」
「”毒物が入っている”、なんて考えるのは自由だけれど。
杯の中身を零す事。
手を伸ばしもせず、拒否する事。
そういった行為は、ズィーエルハイトへの《敵対行動》と見做し。
今後、我等が話し合いに応ずることは、二度と無い」
「・・・・・・」
そ、それは!
完全に『脅し』でしょ!
『それ以外を選択しろ』という強制、脅迫でしかない!
「──────飲め」
鼓膜を貫き、更には脳の奥にまで。
鋭く重い【命令】が突き刺さった。
あの《特別会議》の席上、ガニア家頭首に向けたものと同じ形相が。
無慈悲に自分の心臓を、握り潰そうとしていた。




