609話 Bloodline 01
【Bloodline】
どろり、と血のような粘度で背を伝い下りる汗。
執拗に繰り返される自分の、誰かの、乱れた呼吸音。
拍動。
どこが端なのか、壁際の見えぬ広大な空間に立ち。
リグレット・マイネスタンは薄寒さを感じながらも、とめどなく発汗していた。
───戦場のほうが、よっぽどマシだ。
───より正確に言うなら、死んだほうが素晴らしく幸せだ。
シルミスト領における戦闘は、一時中断。
郎党全てを招集、皆を引き連れて『この場所』へ赴いたが。
想像通りの『地獄』だ。
恐怖のあまりに、吐き戻してしまいそうな『煉獄』だ。
ファリア・ズィーエルハイトの恐ろしさは、良く知っている。
クライス・ランベルのそれもまた、同様に。
《連合特別会議》での暴虐は、骨の髄まで刻み込まれている。
───だが、それだけで終わりではなかった。
───『彼等全員』が、まったく同じにしか見えなかった。
10歩ほど先。
頭首と分家衆・筆頭の後ろに控える、ズィーエルハイト家の面々。
総数ではこちらが倍なのだが、少しも気休めになっていない。
どれもこれも、《弱い吸血鬼》であるのに。
どれもこれも、頭首とそっくりの目をしている。
寸分違わぬ狂気を孕んでいる。
各自が、『超』の付く危険物だ。
いつでも着火され、一斉に誘爆する『焼夷弾』だ。
戦いとなれば連中は、こちらの1名に対して2〜3名であたるだろう。
単純にその計算でゆけば、勝利するのはマイネスタンかもしれないが。
それを妨害するのが、絡み付いた恐怖。
《死》そのものではなく、《死に方》への恐れ。
自分も含めた誰もが。
最終的な勝利の陰で、犠牲者になどなりたくなかった。
惨たらしく殺されることを、断固として拒絶していた。
つまり───足がすくんでいる。
故に、必然的に───勝てる見込みは、ゼロだった。
「───本来ならば有り得ない、奇妙な邂逅となったけれど」
最低限の品格に包まれた、凍てつくような口調。
ズィーエルハイトの頭首が、真紅の瞳でこちらを射抜きながら続ける。
「こうして睨み合っていても、話は進まないわ。
何らかの、具体的な結果を出しましょう。
速やかに」
(待って!待ってよ、ねぇ!)
(そもそもこっちは、睨んでなんかないし!)
マイネスタン側の殆どは息を潜め、視線も限界まで伏せている。
自分だってそうしたいが、副頭首の立場があるから勇気を振り絞っただけ。
かろうじて前を向いているにすぎないのに。
『睨んだ』なんて、あんまりな言い掛かりだ!
(『速やかに』、何をする気なのよ!?)
やはり、戦うしか道はないのか。
殺される為の戦いを、始めるしか───
リグレット・マイネスタンは。
『もう一つの自分』に合図し、準備させた。
危機となれば、この体の内側へ。
量だけは豊富な、《あれ》を。
泥臭い《家畜の血》を、瞬時に流し込めるように。




