608話 Hyper Link 07
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(・・・どうして、こんな事になったのだろう)
ズィーエルハイト本家、執務室で。
頭首たるファリア・ズィーエルハイトは、長い長い溜息を吐いた。
(一体、何が・・・どういう思惑で)
机の上。
うず高く積み上がった、手紙の山。
それは、石油。
鉄鋼。
船舶。
電力。
様々な資源、産業大手の代表から届いたもので。
世界的に名高い、超巨大企業すら含まれていて。
中には各国の首相名義の、豪華な封書さえ混じっている。
そして、そのどれもが、綺麗に同じ内容だ。
───”マイネスタン家との速やかな《和解》を、切に願う”。
(・・・理由が、分からない)
どうすれば、こうなるのか。
何故、揃いも揃ってこのタイミングなのか。
マイネスタン家が何なのかも、吸血鬼の実態も知らぬ人間達が。
判で押したように一斉に、《和解》を要請してくるとは。
勿論、こんな世迷いごとは放っておくのが当然なのだが。
困った事に、『そうもいかないもの』が三通ある。
古くからの《まじない》を現在も色濃く残すイギリスの、国王から。
人ならざる者達との繋がりを伝統にちりばめる日本の、天皇から。
どこまでを知り、受け入れているのかが不明なヴァチカンの、法王から。
これらに関しては、無視ができない。
何せ『非公式ながらも正式な』、直筆の書簡だ。
知らぬ存ぜぬでは済まされない。
早急に、しっかりと礼に則った返答が必要だろう。
───とは、いえど。
───《和解》なんて、まったくもって不可能である。
できる訳がない。
するつもりなど皆無。
我等ズィーエルハイトは決して、ハルバイス家以外と手を結ばない。
人間を侮蔑し、己より弱き者を見下して驕るような輩を許さない。
弱肉強食のピラミッド。
それを俯瞰する余裕がある者には、弱者の痛みや悲しみなど知れぬ。
”可哀想だ”?
”優しくしてやろう”?
そんな温情に縋るよりも、行動だ。
攻撃だ。
殺される前に、殺す。
滅ぼされる日まで待たず。
我が身を裂かれようと、その引き換えに必ず、相手を打ち滅ぼす。
それをやるのが、ズィーエルハイトだ。
弱小集団の《気狂い吸血鬼》である、我等こそがやるべきなのだ。
遥か昔から続いてきた、この『使命』が途絶えることは有り得ない。
誰に何と言われたところで、変わらない。
たとえ領地が離れていようと、マイネスタンを許すなど論外。
───そう思っていたところへ、追い打ちが来た。
昨晩遅く。
『星々の彼方に住まう者』から、『使者』が訪れたのだ。
TV画面より大きな純白の石版に、美しく彫られた文字の内容。
それは奇しくも人間達の手紙と同じく、《マイネスタンとの和解》。
おまけに、贈り物まで付いていた。
膝上ほどの高さの、【材質不明な螺旋形】だ。
何らかの道具なのだろうが、その効果は分からない。
使用法すら、想像がつかない。
ただ。
”地球上に留めるには、あまりに破格な力を秘めている”とだけ、理解出来る。
”貰って嬉しい”という気持ちより圧倒的に、”恐ろしい”が先に立つ。
どれほど向こうが、好意を込めて贈ってきたのだとしてもだ。
───そして、いくら『星々の彼方に住まう者』の頼みであろうが。
───ズィーエルハイトの在り方は、変わらない、曲げられない。
”ならば、殺す!”と御方の怒りを買おうとも、首を縦には振れない。
古からの人間との約束を、今になって違えるわけにはいかないのだ。
遠き宇宙の果てに在る、超常的存在との関係決裂。
我等が奥の手の《禁呪》、その全てを破棄する日が来てしまったか。
ファリア・ズィーエルハイトが、そこまで覚悟したのは。
していたのは。
つい先程までである。
───本当の『駄目押し』。
───最後の、最大の一刺しは、黒のスーツを着こなした姿だった。
心許せる、古くからの親友でもある、愛しき黒竜。
アルヴァレスト・ディル・ブランフォールが、執務室の扉を叩き。
目の前でいきなり、膝から崩れてしまったのだ。
”・・・すまない”
”情け無い話、なんだが・・・ここ二日ばかり、電話が掛かってきて”
”ええと、その・・・これまで付き合ってきた女性達・・・全員から”
”一斉に、ひっきり無しに”
そこまで聞けば、即座に状況が理解出来た。
これ以上はないくらい、完璧に。
忙しなく宙を彷徨う、彼の視線。
途切れ途切れの言葉が、瞬く内に濡れそぼり。
”・・・頼む、ファリア!”
”助けてくれ!”
”この通り!・・・お願いだ!!”
”ファリア!!”
全身をわななかせ、涙するアルヴァレスト。
それを必死になだめて立ち上がらせたのが、現在から遡ること10分前。
確かに、彼の電話は鳴り続けていて。
もはや、それに応対する気力が尽きているのは明白だった。
(クライスに連絡を)
(緊急で、一族全員を招集するしか・・・ないわね)
これはもう、黙ったまま自分の一存で決定して良い範疇を超えている。
皆の前でこの顛末を話すほかに、いかなる手があろうか。
ズィーエルハイトの郎党一同。
その誰もが、アルヴァレストの性格を熟知している。
良くも悪くも、『自分の家族並みに』だ。
全て正直に打ち明けた時、その彼等がどんな表情をするか、想像に難くない。
苦笑、失笑。
大いに呆れ。
嘆息。
紳士である黒竜には、とても見せらない有様となるだろう。
しかし、一族の『根幹』部分を皆で再確認する為にも。
今日中に緊急会議の開催が必要だ。
───とにかく、時間が無い。
我等ズィーエルハイトは、この件に関して然程結論を急ぐ必要は無いが。
私の大切なドラゴンは、このままだとストレスで寝込んでしまう。
合計3桁の相手からの、徹底的な電話攻勢によって。
(・・・・・・)
何者がこんな事態を引き起こしたのかは、推測出来る。
しかし、その意図が理由が、ついぞ分からない。
ただ、それでもファリア・ズィーエルハイトは。
一つだけ得た『安心感』に、小さな微笑みを浮かべていた。
自分が予想していたより彼の『お相手』は、ずっと少なかったのだから。




