607話 Hyper Link 06
「大体な。
どうして、そうも簡単に『ブレて』んだよ、ド阿呆め」
「・・・・・・」
「召喚を試みる奴なんて、込み入った事情を抱えてるのが当たり前。
そこに一々感情移入してたら、悪魔はやってられない。
お前だって普段は、そうだろ。
金払ってるファンクラブの会員様でも、《餌》としか認識してない筈だ。
なのに、何でだ?
どうして今回だけ、『助けてやる』と約束するような羽目になるんだ?」
「・・・・・・」
「坊やのどこに、同情する部分がある?
そんなに特別な、気に掛けてやらなきゃいけないような相手か?
《拉致監禁》以上の不幸すら、ザラに転がってる世界だぞ?」
「・・・でも」
「やめろ。
理屈で説明出来ないクセに、感情だけで強引に説得しようとするな」
「・・・・・・」
「俺からすれば、茶番もいいところだ。
依頼され、出演者がそこそこ気持ち良くなれるように書いた『脚本』を。
最終公演の直前、”ハナシを変えてくれ”、だと??
そうしたきゃ、しろよ。
自分達で勝手にやれ。
メチャクチャ鼻につく、嘘臭い『愛の力』でな!」
カフェオレを飲み干し、氷を噛み砕き。
男が投げた紙カップが、壁にバウンドしてダストボックスに入った。
「───別に俺は、『愛』ってのを否定するつもりは無い。
きっと、いいものなんだろうさ。
特別で、美しくて。
皆が欲しがって、羨むような。
そりゃあ素晴らしいものなんだろうよ。
箱に収まって、リボンでも掛けてあればな」
「・・・・・・」
「───『愛』が美しいのなんて、それが誰にも触れられていない時だけだ。
口にした途端、ドブの臭いが漂うぜ。
虚栄と妄執をカビのように生やした、この世で一番の汚物だよ。
俺はな。
これまでに一度だって、出会ったことがないんだ。
『愛』という言葉を用いながら、《自己愛》に溺れなかった奴に」
「・・・・・・」
「そこらに出回ってる、『愛』ってやつはな。
単に、『好き』の延長だ。
大袈裟に格好を付けて叫んでるだけだ。
ああ───”違う”って??
なら、タイムマシンで未来へ行ってきてだな。
目の前の相手を愛したら、自分は一年後に死ぬ、そう分かっても愛せるか?
事故や病気で、相手の顔や体がグチャグチャになって。
永遠に世話が必要になると、事前に知っていても愛せるか?
───『愛』なんて、すぐに無かったことになるのさ。
いくらオレンジが好きな奴でも、土砂降りの日には買いに行かない。
『愛してる』も、その程度だ。
自分が気持ち良くなれないなら、簡単に捨て去る。
適当な理由をくっ付けて、選ぶべきではないことにする。
そういうモンなんだ」
「・・・・・・」
「馬鹿な狼だ。
子供が一丁前に、小理屈を捏ね回しやがって。
最後の最後。
生死の、命の瀬戸際まで来て。
惚れ薬を飲んで、惚れる?
自分を攫った吸血鬼の為に戦場へ出て、一緒に死ぬだと?
ふざけんな。
悪魔をナメてんじゃねぇぞ」
「・・・・・・」
「───う、ぐっ、───お───」
「・・・・・・」
「おまえ───それ、は───」
「カルロゥ」
「ぞれは、───もうっ!『純愛』だろうがよっ!!」
「がるろ"う"っ!」
「う"っ、う"お"、お"お"ーーー!!」
悪魔2名の目から、とめどなく涙が流れ落ち。
誰も見ていないのを良いことに、特盛りで嗚咽し。
何度も鼻水をすすり上げた。
「がるろ"う"。ちからを、かして」
「くそっ──────やってやらあッ!!」
「!!」
「5日だ!
5日、時間をくれ!
そんで、残業代も出せ!」
「うん!」
「任せろ!
絶対に、俺が何とかしてやる!
誰にも真似出来ない、《とっておき》の!
俺の、《本当の本気》を見せてやるッ!!」
「うんっ!!」
色々な体液に濡れて、ベチャついた手。
大小2つのそれが『拳』の形を作り、正面から打ち合わされ。
追加注文された、空前絶後の『仕事』。
片方の悪魔は、明らかに快楽的な意味で身悶えしていた。




