604話 Hyper Link 03
「そもそも。
すきじゃないのに、惚れ薬で惚れて、どうするの」
「・・・好きじゃないから、嫌いというわけじゃあないし。
好きだからって、惚れるとは限りませんから」
「なまいき。
こどものくせに、むずかしい事をゆう」
「難しいのかな?・・・いえ、難しいですね、やっぱり」
肩を落として俯いた少年の、悲しげに笑う声。
「・・・ボク、ここの家の頭首になったけれど。
吸血鬼じゃないから、弱いから、戦争に行かなくていいんです」
「うん。それは、すなおに喜ぶべき」
「だけど、何度も帰ってきてはまた戦場へ戻る、リグレットを。
他のみんなを見ていたら、分かるんです。
この戦争はそろそろ、『負けて終わるんだ』って」
「──────」
「《吸血鬼の戦い》は、そういうものらしいから、仕方ありません。
傷付け合って、殺し合って。
弱くなりすぎたら、《負け》になる。
戦場で負ければ、このお屋敷に敵が攻めてくるのも当然の事なんでしょう。
獣狼族の、戦いもしないボクに、文句は言えません」
「じゃあ、この召喚は無駄なていこう。
現実をうけいれるなら、悪魔にたよる必要なんてない」
「抵抗じゃなくて、やれるだけはやります」
「なにを」
「お家が滅んで、みんな死ぬなら。
ボクは『惚れ薬』を飲んで、戦場に行きます」
「行けば、死ぬだけ。
行かないなら、ちょう低かくりつで生き残れるかも、なのに。
それ、100ぱーせんとかくていで、死ぬ」
「そうだとしても。
命が無くなる寸前までの行動に、後悔を残したくないです」
ぎゅっ、と握り締めた少年の拳が震えて。
それを悪魔の黒い瞳が、一瞥する。
「これで最後なら。
ボクは、リグレットを喜ばせたい。
”大好きだよ”って伝えて、嬉しくさせてあげたい」
「───『惚れ薬』で惚れても、それは」
「《本当の愛じゃあない》んでしょう?
それでもボクは。
一番いいボクを、リグレットに届けたいんです。
敵の吸血鬼に殺される前に、心から笑ってほしい。
一瞬でもいいから。
”一緒に居て幸せだ”と、思ってほしい」
「──────」
「・・・リグレットが、悲しむのは嫌だ。
愛されなかった、とか。
自分の愛情が伝わらなかった、とか。
そんな気持ちになって、後悔したまま倒れさせたくない」
「──────」
「確かにボクは、売られましたよ。
こんなの、事実上の誘拐ですよ。
いくらそれを”愛だ”と繰り返されても、納得できっこない。
一方通行な感情に、反発を感じましたよ」
「──────」
「・・・だけど。
『愛される』と『愛する』が噛み合うのって、どれくらいの確率です?
『愛されたから愛する』は、ニセモノなんですか?
誰かに『好きだ』と言われる、それは無価値なんですか?」
「──────」
「ボクは、子供だけど。
子供のまま死ぬんだったら、素直に、子供の考えのままで進みたい。
惚れていないなら、惚れればいいんだ。
薬を飲んで、精一杯に惚れて。
戦場に立って。
最期の時は手を繋いで、一緒に居よう。
リグレットだけで、冥府へ行かせはしない。
彼女の心は、ボクが守りたい。
悪魔さんに頼ってでも、そうする。
ボクに出来る事は、しなくちゃいけない事は、もう。
たったそれだけなんです」
「───その『薬』のだいきんを、おまえは払えない」
「・・・・・・」
「どれだけ熱弁をふるっても、それがじじつ」
召喚陣の中に立つ悪魔からの、冷酷な応え。
「愛だの、好きだの。
一緒にだの。
ちゃんちゃらおかしい。
悪魔なめてる。
そういうのに流されるほど、わたしは甘っちょろくない」
「・・・・・・」
「───でも。
『惚れ薬』をのんでまで、惚れたいのなら。
さいごのさいごに、そこまでしたいくらい、大切に思うなら。
おおかみの子」
「・・・はい」
「───ぐっ───う───」
「?」
「うう───う───」
「あの、どうしたんですか??」
「───ぞれ、は。
ぞごまでいっだら、も"う"───『愛』だし!
『純愛』だがら"っ!!」
「え・・・悪魔さん??」
「う"るざいっ!!
だま"れ"っ!!」
だん、だん、だんっ!、と三連発の足踏みに、少年は小さな悲鳴。
「───お"ま"───おまえ、みた"いな"っ!」
ワンピースの上に羽織ったカーディガンの袖で、蜘蛛の悪魔は涙を拭うが。
目尻が赤くなるほど繰り返しても、それは止まることがなかった。
「・・・ええと、その」
「ひぐっ───おまえなんか、に、『薬』はあげない」
「・・・うぅ」
「『純愛』をまえにして、『薬』は邪魔っ」
「・・・え?」
「──────しょうがないから、たすけてあげる」
「え??」
「だから、もう少しのあいだ、がまんして。
かならず、わたしが何とかするっ」
ずびびっ!、と鼻をすすり上げて、充血した目の悪魔は言った。
「そのあいだ、間違っても戦場へ行っちゃだめ」
「・・・はい」
「こっちから連絡、する。
それまでおとなしく、いいこにしてること。
ぜったい、だいじょうぶだから。
おーけい?」
「・・・お、おーけい、です!」
───話を聞かない事で有名な悪魔が、珍しくも話を聞き。
───『自分に任せろ』と、約束までしてみせて。
けれども。
どうやるのかは、誰にも分からない。
彼女自身さえ、分かっていない。
情熱だけが、彼女を突き動かす。
難しい事は、考えなくても良い。
ゴールさえ認識していれば、なんら問題が無い。
艷やかなる14本の脚は、目的地へ向けて最短距離を走る為に存在する。
ただし。
『一歩も動かない』というのが、一番の《最短距離》である事。
それだけは正確に理解している、不真面目な蜘蛛の悪魔だった。




