602話 Hyper Link 01
【Hyper Link】
遠く離れた、二地点。
世界の端と端。
場合によっては、決して踏み込めぬ地の底からさえ繋がる、『歪曲空間』。
《転移陣》とは異なる、条件付きの《無料転送》。
それを嫌う悪魔など、まずいない。
仕事に勤しむ者なら、誰もが満面の笑みを浮かべ、嬉々として飛び込む。
”毎度あり!”
”これで今月のノルマまで、あと少し!”、とばかりに。
そう。
真っ当な悪魔であるならば、大いに喜ぶべき事。
───しかし、とある筋で有名な、その悪魔は。
───とある筋以外には、『とてつもなく怠惰である』と評判だった。
聞きたくない話は、一切聞かない。
聞いているようで、少しも聞いていない。
返事をしたところで実際には、欠片も内容を憶えてやしない。
よく食べ。
よく遊び。
そして、働かないのが日常。
大体にして、何もせず。
したところで、とある筋にしか感謝されない。
そんな悪魔が今、契約者と繋がる空間に身を踊らせたのは。
召喚陣の中央へ出現してみせたのは。
どうにもならぬ、《怒り》のせい。
つまり。
彼女は今、最高に不機嫌な状態だった。
ここへ来る直前、ゲーム機のコントローラーを真っ二つに折り割ったほどに。
「───いくらなんでも、しつこい」
もこもこスリッパを履いた足を、だん!、と踏み鳴らし、悪魔は言った。
「糞エイムなやつとばっかり、チームにされて。
負けが続いたあげく、わたしのキルレートまで下がってるのに。
切っても切っても頭のなかで《呼び出し音》が鳴るとか、大めいわく」
「・・・あ・・・」
「しょきゅう教本の例題を、うつしそこねたような陣だし。
指名もせずに情念だけで『通す』とか、ふざけすぎ。
しつれいきわまりない」
だん、だん!、と更に大きな足踏み。
彼女を知る者なら、見た瞬間に”これは相当なものだ”と怯えるだろう。
何せ、根本的に面倒臭がりの悪魔である。
長い台詞を一息に喋るなど、そう滅多にはないのだ。
「ご、ごめんなさい!
ボク、召喚とか良く分からなくって」
気圧された召喚者が謝罪しても、悪魔の『しかめっ面』は変わらなかったが。
「でも、こんな可愛い悪魔さんが来てくれるとは、思ってなかったです」
「──────」
その言葉で、悪魔の機嫌はそこそこに持ち直した。
まさに《本能》。
条件反射。
彼女とて、『可愛い』と言われて無視するまでは、我を忘れていなかった。
「あの・・・《蜘蛛の悪魔さん》、ですよね?」
「うん」
「リグレットに薬を渡した、悪魔さん?」
「そう」
「あの・・・それで、ボク・・・」
「用件は、ゆわなくてもわかる」
「え??」
「”《成長しなくなる薬》のこうかを、かいじょしたい”」
「いえ、そうじゃなくて」
「───ん。
それなら、”吸血鬼からにげたい”?」
「そ、それも違います」
「──────」
自信満々の答えが、次々と不正解に終わり。
悪魔の表情は、またしても険しくなりかけたが。
「あの・・・悪魔さん。
出来る事は、何でもしますから。
ボクに、《惚れ薬》を作ってください!」
「えっ」
「どうか!どうか、お願いします!!」
「───えっ??」
深々と頭を下げる、獣狼族の少年に対し。
本当は上等な蜘蛛である悪魔は、フリーズしてしまった。
ゲーミング用のヘッドセットを首に掛けた、愛くるしい少女の姿で。
あんぐりと口を開けたまま、固まった。




