601話 「にゃあ」で通じ合えない者達 02
「あの男、中々の策士だな。
イスランデル長官───いや、天使長か。
今更だけれど、侮っていたことを後悔しているよ」
言葉とは裏腹に、落ち着いた微笑みで魔王は続ける。
「エルフに対して執拗に攻撃していたのも、策の内。
いずれは交渉の材料にすべく、彼が企んでいたのだろうな」
”僕の同族を天界から引き上げさせたのって、失敗だったかなぁ”
「あれは仕方無いだろう。
天界の、名目上の支配者たる《神》が暴走状態だったのだし。
そんな場所で猫達を遊ばせるわけにはいかないさ」
”・・・ねぇ、話せるところまででいいんだけども”
「何だい、キング」
”《完全停戦》とか《和平》の条件って、聞いていい?”
「───ふうむ」
無糖の炭酸水が入ったグラスに、口を付け。
二呼吸ほど間を空けてから、言葉が紡ぎ出された。
「あちらからすると、『始まってしまえば敗北必至』の戦いだからな。
そうならぬように提示してきた札は、3枚。
1つは、エルフへの攻撃、妨害行為を停止すること。
もう1つは、地上における悪魔の《現界》を全て容認すること。
そして、最後の1つ。
これだけは明確に、魔族全体ではなく、私に対する『約束』なんだけどね」
腰掛けたベッドの、足元側の端。
そこに置かれたものを、魔王は一瞥し。
「申し訳ないが───その内容は、君にも教えられない。
時が至るまで、けっして漏洩してはならない情報なんだよ。
勿論、君を信用していないとかじゃなくてね。
イスランデル天使長にとって、この3番目こそが本命なのだろう。
他の2つなど、彼は大して重要だと思っていない。
おそらく、《停戦》すらもね」
”・・・うん。
知りたいって気持ちを、完全に無くしておくよ・・・”
「───それでいい」
魔王の指が、猫の腹をゆっくりと摩すった。
「君には、知ってほしくないんだ。
支配者としての立場は、決定は、綺麗事だけで済まされない。
にこやかに笑いながらでも、私は『それ』を行う。
実際、君を失望させるような腹黒さだって幾つも、」
”いいよ。もういいから”
「──────」
”・・・あんまり僕のこと、見くびらないでよね”
「──────」
”こちとら、何万年も『猫』をやってんだぞ?
僕はね。
馬鹿を馬鹿だと見抜くのが、大の得意なんだ。
そりゃもう、絶対に間違えないね!
地獄を統べる悪魔の王様は、いっとうの馬鹿さ。
痛む心くらいは持ってる、ポンコツ野郎だよ!”
猫は、言いたい放題に捲し立てた後。
魔王の手を、荒っぽく舐め始めた。
自分の舌がザラザラなのを自覚した上で、結構強目に。
しつこいほど舐めまくった。
これは、仕返しだ。
横になっている時は腹部を触るな、とあれほど言ってるのに。
すぐに忘れてしまう親友への、報復攻撃に他ならない。
「キング」
”しょげてんじゃないって、馬鹿魔王。
全部の全部を綺麗さっぱり、片付けたらさ。
僕と一緒にするんだろ、《異世界転生》!”
「───当然だとも」
”シャキっとしなよ、シャキっと!
『赤ネズミでやってるテスト』は今、どんな具合なの?”
「───ああ。
それはもう、面白おかしくて悲惨な状態だな」
”うん?”
「ネズミの一匹は、《とある世界》で領主の息子に生まれ変わったんだが。
前世の記憶が蘇った途端、性格が逆転した」
”・・・!!”
「明るくて心優しい、優秀な男の子が。
ある日突然、陰険で強欲で、おまけに無能な我儘者に豹変し。
あっという間に両親だけでなく、使用人達からも嫌われまくりで。
このままだと、第3話を待たずして『終わってしまいそうな』勢いだよ」
”うわー!
『異世界あるある』の、逆パターンきたっ!”
「止むに止まれず、家を離れるんだろうけどね。
連いて来てくれる筈のお供や友人も、速攻で失ってしまったからな。
屋敷を出て雑魚モンスターに襲われでもすれば、一発退場。
《幸運スキル》なんて所持していないから、奇跡も起きないだろうな」
”アニメ化とか無理じゃん、それ”
「無理だな」
”何の参考にもならないじゃん”
「ならないな」
”・・・・・・”
「だが、まったくの無意味でもないぞ。
実験に協力してくれている遠き星の同好者達には、かなり好評なんだよ。
私には、どうしてか分からないが」
”・・・・・・”
眉根を歪ませた猫は、口に出さないままで思った。
やっぱり、異星間での感情共有は難しいみたいだ。
常識。
倫理観。
笑いどころ。
微妙にというか、結構な違いがあるようだぞ。
うーーん。
猫同士なら、住む星が異なっても変わらないのになぁ。
この前の首都陥落の危機に駆け付けてくれた、《星猫》。
あいつは本当に、図体が大きいだけの猫で。
普通に分かり合えたし、すぐに仲良くなれたんだけど。
不便だなぁ。
猫以外の種族って。




