600話 「にゃあ」で通じ合えない者達 01
【「にゃあ」で通じ合えない者達】
「───暇だねぇ、キング」
昼寝から目覚め、欠伸をしていた猫。
その動作が、声を掛けられたことで一瞬だけ止まり。
けれど本能には逆らえず、もう一度大きな欠伸。
”・・・まあ、僕は暇だけどさ。
君のほうは、そんな雰囲気じゃないでしょ”
「そうかい?」
サイドテーブルの横、わざわざ追加の机を置いて。
目一杯に広げられた書類は、枚数よりも厚さでカウントすべきレベル。
”そこまでするならもう、執務室でやればいいのに”
「いやいや。
こんなのは別に、大した量でもないからな。
格好付けて豪勢な椅子に座るより、寝室のほうが落ち着くんだよ」
穏やかに笑いながらも、魔王の手は素晴らしい速度で動き続ける。
「本当に、暇なんだよ」
”・・・・・・”
「何百年も考えていた『計画』が、吹き飛んでしまってね」
”・・・え?”
「予定していた次の大戦は、ほぼ恒久的に『無し』になった。
それによって。
悪魔と天使の《役割》を入れ替える方針も、白紙に戻された」
”ええ〜〜っ!?”
素っ頓狂な声を上げ、がばっ、と猫王が身を起こした。
”何でさっ!?
どうやってでも《役割交代》させる為に挑む、って言ってたよね!?
それじゃ、先の大戦の意味だって無くなるじゃんっ!?”
ぱたん。
紙束の上にペンを置き、魔王の顔が猫に向けられた。
”な・・・何??”
「───キング。
私はね、やるべき事はやるべき時が来てから、キッチリとやるけども。
あの大戦でどれだけの犠牲者が出たから、とか。
意地でも引き下がれないから、とか。
そんなのを言い訳にして『次』を戦うつもりは、全く無いんだよ」
”・・・・・・”
「今この瞬間にでも戦争を仕掛ければ、確実に勝てるさ。
容易に勝利をもぎ取ることが可能だ。
それでもね。
戦うからには必ず、その陰で失われる命がある。
悲しみが生まれる。
私の一声で大戦が始まるなら。
それを回避するのだって、私の腹づもり一つだろう。
張ってはならぬ場合には素直に引っ込めるのが、『見栄』というもの。
大魔王の名に於いて、確実に、より良い方を選択するべきだ。
これぞ、地獄の支配者としての責任なのさ」
”・・・もしかして・・・この間、僕が言った事が原因?”
項垂れた猫王が、上目遣いでチラチラと魔王を窺う。
”・・・ロンドンの猫達からの報告を、君に話したから?”
「全然違うぞ、キング!」
わしゃわしゃと、乱暴に撫でられる頭。
嵌められた幾つかの指輪が頭蓋を叩き。
そこに自慢の毛が絡まって引っ張られもしたが、あえて抗議はしない猫。
しっかりと空気を読むのも、王としての勤めである。
「あそこで運悪く発生してしまった『紛争』には、手を打ったけれどね。
それは天界も同意した上での、円満な解決策さ。
本当だよ?
《ロンドン事変》の調停に関して、譲歩も脅しも、お互いにありはしない。
そういうものとは別口に、裏側で。
非公開のままで、《完全停戦》《和平交渉》が進んでいるんだよ」
”でも・・・どういう経緯で、そうなっちゃったの?”
「うーむ。
少し込み入った事情があるんだが、出来るだけ簡単に言うとだね。
私が想像していたよりずっと、《神》は愚かしく。
その影で牙を砥いでいた者にこそ、先見の明があった。
私としては、『してやられた』という感じなんだよ」
”・・・・・・”
「正直、かなり悔しいな!」
腕組みして、大袈裟に溜息をついてみせる魔王の横顔。
それは、猫王自慢の観察眼をもってしても。
正真正銘、嬉しそうにしか見えなかった。




