598話 Bottom of the Bottle 01
【Bottom of the Bottle】
長い叫び声が、掠れて途絶え。
いくらもしない内にまた、呻きとなって始まって。
苦痛。
怨嗟。
悲しみ。
恐怖。
おおよそ誰にも好まれぬものを混ぜ合わせ抑揚を付けた、歌のような慟哭。
悲鳴。
───延々と繰り返すそれが鼓膜を震わせて、はや二時間となるが。
───ユーニス・ライファーダは、編み物を進める指先を止めはしなかった。
すすり泣きから絶叫へと変わってゆくそれは、目の前の石扉から漏れ出たもの。
いかに地下室での事とはいえ、常時《護衛対象》を守るのが勤めだ。
一応、扉の前まで椅子を持って来て、座りはしたが。
予想通り時間を持て余し、さりとて眠るわけにもいかず。
そうなれば結局、編み物の続きしかない。
(・・・まあ、どれだけ編んで送ったところで、捨てられるのでしょうけど)
我が子───メイエルに嫌われているのは、よくよく理解している。
産んだだけ、と言われれば、その通り。
母親らしい事の一つも、してやらなかった自分だ。
因果応報。
”愛されない”と嘆く資格すら、無くて当然なのだ。
それ故、あの子は私に対し。
一欠片の愛情も抱かぬまま、ただ『役割』を与えた。
───《逃し屋》として、アドリー・ディエ・ブランフォールを守ること。
───相手が誰であろうとも、必ず逃しきること。
これは、実質上の『足枷』である。
けっしてあの子が、殺してしまわぬように。
偶然を装った私に、殺されてしまわぬように。
2つの意味で保険を作る為、あえて母である私を雇ったのだ。




