58話 神より奪いし花束 07
「『聞きたい事』だけを、尋ねろ」
這いつくばった狭い視界の中。
揺らめく、漆黒のフォーマルドレス。
翡翠を散りばめた黄金の錫杖が、カッ、と床を打つ。
───長い沈黙の後。
「・・・もう一度、問おう。
悪魔の存在意義、目的は何だ」
「人間の選別だ」
今度は、答えがあった。
これは、あれか?
聞く耳を持って質問した、ってことか?
「『選別』?」
「そうだ───正確には、『魂』か」
「・・・・・・」
「マタイ3章───ルカ4章───イエスの受難」
「悪魔が聖書を語るか」
「以前、そこの小僧が、一方的に貴様等の主張をまくし立てた。
その反論をしよう」
───ゴツ。
僕の頭に、錫杖の先端が押し当てられた。
バルストめッ!!
上司にチクリ入れやがったなッ!!
いや・・・あの・・・。
それ、召喚陣の外へ、出てますよ?
出てるんですけど?
バレちゃいますよッ!?
「かの一節には、『罪無きイエスが、人間の原罪を背負い、あえて神の試練を受けた』、とあり。
悪魔が提示する3つの誘惑を振り切る描写が、それに続く」
重く、凍えるような悪魔の声が響き渡る。
「それを読む者は、イエスの清らかな心、強靭な信仰に胸を打たれ。
信仰こそが悪魔を退ける、唯一絶対の条件だと認識するだろう」
「・・・正しき信仰者なら、当然だな」
「だが、悪魔は退いたのではない。
その時点で、すでに目的を果たしている」
「・・・何?」
「『魂の選別』だ。キリストの魂は、選別すべきか、否か。
悔しげに背を丸めて帰る悪魔を、想像したか?
涙ぐみ、地獄へ戻ってゆく、情けない姿を想像したか?
───悪魔は、ただ。
職務として、事務的に『選別という作業』を行ったにすぎない」
「・・・その『選別』とやらの基準は?」
「『犯すべくして罪を犯す者』の魂を、削り取り。
『不適格者』の目印とする。
それをもって、彼等は赦される。
少なくとも、悪魔にはな」
「赦すことが出来るのは、神のみだ」
「まったく人間は───傲慢な生き物だ」
───ゴツ。
更に力の加わった、錫杖。
僕の額が、冷たい床に強く押し当てられる。
「───小僧は、『悪魔の存在が、この世の秩序を乱している』と言ったが。
それは、悪魔の何たるかを知り。
曇り無き心をもって判断した、その上での最終結論か?
───人が、人を赦せぬ事を理解しながら。
───人が、人を罰していることには、目を背けながら。
───『神』という存在の、『大いなる愛』を説きつつも。
───無償であるはずの『それ』に、祈りという対価を要求し。
───『悪魔が、人間を堕落させている』?
───我等という『歯車』の職務も、理解せず?
所詮、貴様等は。
『神』以外の上位的存在がシステムの保全に携わっている、その事に嫉妬しているにすぎない。
それでも、『人の世を、人が正せる』と思っているなら。
まずは、『信仰』を捨ててから吼えるがいい。
聖なるイエスの亡骸を食み続ける、愚かなハイエナ共」
・・・・・・・・・。
ようやく。
錫杖が離れた───




