04話 燃えるNY(その4)
「どうだ、ランツェイラ。痛む所は無いか?」
「ええ、もう大丈夫です。
力は入りませんが、動けるまでには回復したと思います。
有難う」
「────よし。
作戦を立てようか。
とりあえず、幾つかキープしてる『隠れ家』の1つに逃げ込もう。
お前さん、地上界に用があるって言ってたな。
それは、どのあたりだ?」
「その近くに『隠れ家』があるのですか?」
「いや、逆だ。あんたが用のあるポイントから、一番遠くのやつに行くんだ。
滞在許可を申請した時に、そこを書いちまってるんだろう?
連中は間違い無く、張ってるぞ」
「あのう・・・。
わたくしが会いに行こうと思っていた相手は、2人いるのです」
「2人?」
「はい。1人は」
「待ってください、ボス!
緊急警報です!」
事務所から引っ張り出してきたノート型PCを操作していた秘書が、遮った。
「識別、『護法憲兵隊』! 数は一個小隊、36!
武装レベル4です!!」
「うおぅ!早速、来たか!」
スーツの上着を脱ぎ捨て、ネクタイを外すヴァレスト。
「追跡処理してやがったな、くそっ!
『矢』の中に仕掛けてたか!!」
「ごめんなさい────わたくしが確認もせずに『召喚要請』を」
「謝らなくていい。あんな状況でジャミングなんか、誰にも出来ねぇさ。
急げ、脱出するぞ!!」
ヴァレストは窓を開け、天使を抱えたまま飛び出す。
12月の寒空。
幾らも上昇せぬうちに、メトロポリタンライフ・タワーの向こうから接近中の追手が視認出来た。
「・・・くっそう!速ぇぞ、連中!」
「抜刀を確認!!」
「NYのド真ん中で、おっ始める気かよ!?
駄目だ、すぐに追い付かれる!!」
高層ビル群をギリギリでかわしながら、ヴァレストは唇を噛んだ。
「・・・マギル!
わざと減速して左に引きつける!
どさくさに紛れて離脱しろっ!!」
「拒否します!」
「・・・ああ!?」
「先程、全員に非常招集をかけました!
じきに到着します!」
「てめぇ、勝手に何やってんだ!!ぶん殴るぞ、馬鹿野郎!!」
「────ウルサイ ダ マ レ!!」
ヴァレストの顔面すれすれの位置で。
秘書の手の平が止められた。
その向こう側に、見えない筈の顔が。
目が、赤く光っていた。
「少し褒めたら、すぐこれですか!?
ボスのそういうところが、駄目なんですよ!!
ええ、もう!吐き気がするっ!!」
「・・・・・」
「ギリギリで間に合いました!下から全員、集まってきます!
総力戦ですよ、しっかりしてください!!」
「ヴァレストさん────」
「・・・ああ。うちのは、本当に気のいい奴等なんだよ」
4枚の翼を硬質化させつつ、悪魔は静かに語る。
「非常召集たって、状況見りゃ逃げるだろ、普通よ。
それを馬鹿正直に、全速力で向かってきやがる。
2度も降格した俺についてきたって、損しか無ぇ。
あいつらはもう、絶対に『位階持ち』になれねぇんだ」
「わたくし────」
「駄目だ」
穏やかな眼で。
しかし、きっぱりとヴァレストは言った。
「投降なんてするな。二度と歌えなくなるぞ」
「────────」
「ランツェイラ。
君が『転生痕』を書き換えてくれなかったら・・・
レスティアの魂は、何百年もの贖罪期間を背負わされるところだった。
こんな悪魔と関わっちまったばかりに。
彼女を汚してしまったんだ、俺は。
本当に、感謝してる」
「いいえ、礼には及びませんよ。
わたくしも、あの方の作品が好きなのです」
「・・・嬉しいよ。
俺はいつも憎まれ口ばかり叩いて、一度も彼女が綴る物語を賞賛しなかった。
創作がレスティアの命を削ってゆくのを見るのが、悔しくて。
俺自身の苦痛にばかり、目を向けていたんだ」
ありがとう
もう一度、そう告げて。
ヴァレストは、抱いていた天使の体を静かに離した。
「・・・ここで待ってろ!
悪魔の本気ってやつを、見せてやる!!」