596話 いつかは、いつかだ 01
【いつかは、いつかだ】
「───社長、どうしたんだ?」
応接室のソファ。
真向かいで煙を吐き合っていた相手が、怪訝そうに尋ねる。
「さっきから、ニヤけたり、落ち込んだり。
見てて飽きないが、そろそろ理由が知りたいもんだぜ?」
「・・・ああ。
ええとだな、その。
理由を明確には話せないんだが、お前が感じた通りだ、キース」
「うん?」
「俺は今まさに、嬉しくてニヤけたり、先行きが不安で落ち込んだりしてる。
見たまま、そのまんまなのさ」
「あんたが格好付けずに開き直るとは、相当だ」
「凄い事になってしまったからな、感情が乱高下してる。
それは否定しない」
灰皿に吸い殻を押し付け、一息つき。
指が自然に、次の一本を取り出す。
キースの奴も、俺とシンクロしたみたいに同時着火だ。
「・・なあ。
お前の《巣穴》というか、《財宝部屋》のほうは、どうなんだ」
「どうって?」
「やり方は以前に、教えてやっただろう?
張り切って『お宝』を貯め込んでるか?」
「いやいや。
まだ全然、『貯め込む』ってレベルじゃねぇな。
『一応、置いてる』くらいの感じだ。
積み上がるにゃ、程遠いぜ」
「ふむ」
「俺の部屋にも随分、蜘蛛の飼育ケースが増えてきたけどなぁ。
だからって、生き物をあそこに置くのは、何か違うよな?」
「そりゃそうだろう」
「骨董品屋でたまたま見付けた、掘り出し物の指輪とか。
オークションで落としたイヤリングとか。
そういうのを入れるようにしてるよ。
いつか、それを渡すべき女性と出会った時の為に」
「その通りだ、キース。
俺が一々言わずとも、お前はドラゴンの本能で正解を選んでいるらしい」
「本能なのか、社長の遺伝なのかは分からないけどな」
「・・・・・・」
「んな顔すんなって。タバコが不味くなるだろ」
たとえ、そうであったとしても。
ハッキリは言ってくれるな、キース。
こっちにも色々、思うところがあるんだよ。
地上暮らしが長い身の上だし、これまで好き放題にやってきたが。
そんな俺とて、『経験してこなかった事』くらいはある。
少なくとも。
実子だとか血の繋がった子孫に出会うなんて、キースが初めてだ。
もしかしたら、そこそこの数が存在しているのかも・・・しれないけども。
それを認識して面と向かうのは、本当に初めてなのだ。
こいつの場合、《悪魔》としての体裁を整えるのはまあ、手間だったが。
苦労したかと問われれば、意外にそうでもない。
何せ、俺に瓜二つだ。
見た目も、性格も。
似すぎているせいで、ケチを付けるところがない。
付けてしまえば即、俺自身に跳ね返るだろうから、絶対にしない。
こいつ、ドラゴンとしての《土台部分》が結構、しっかりしている。
その上、自分をただの人間だと思って生きてきたから、マトモな常識もある。
よくマギルが、子供や孫の自慢をしてくるけどなぁ。
俺だって多少は、キースの事を自慢したっていい。
───のかも、しれない。
ただし、素敵な女性を前に相対すれば。
いかに子孫であろうと、敵になるのは確実だが。




