594話 スター誕生 05
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「やあ。
本当に出て来たか、フォンダイト」
5メートルほど前方で。
『知らぬわけでもない』程度の仲である男が、乾いた笑みを零した。
「随分と自信があるようだけどさ。
仲間や、エルフ共はどうした?仲違いでもしたかい?」
「そっくり返そう、ローベルシス。
お前こそ、供回りも付けずに堂々としたものだな」
「はは。そんな奴等は、とうに居ないよ」
「・・・・・・」
「天界は今、新しい天使長の号令の下、大改編の真っ最中だ。
兄上は《蜂》と戦って死んだ。
父上と叔父上は、閑職へ追いやられた。
僕にはもう、後が無いのさ」
「・・・ほほう」
そうか。
ついにイスランデル長官が、全権を掌握したか。
邪魔者は勿論のこと、無能な輩は粛清されて当然だ。
家名頼りの『坊っちゃん共』に、与えられる席は無い。
しばらく放っておかれ、何も出来ないなら、それを理由に叩き出されるだろう。
《無能者》の評価を引っ繰り返すには、早急に『明確な実績』が必要だ。
こいつは、私を討ち取る事で返り咲きを狙うつもりか。
「なあ───決闘をしないか、フォンダイト」
「言うと思った」
「僕が死んでも、墓は要らないよ」
「そこまで潔いと、最低限の供養をせざるを得ない。
勝っても面倒なことだな」
「いいじゃないか、勝てるなら」
疲れ果てた、陰鬱な目。
ローベルシスは確かに、『坊っちゃん』ではあるものの。
法術の腕前だけは、かなりのレベルだと噂されている。
その根本的な部分すら、血筋に由来した《上乗せ》と言えなくもないが。
「それで、どうするんだ。
決闘を受けるつもりはあるかい?」
「受けよう。
逃げる道理は無い」
たった一名で乗り込まれ、指名までされたとあっては退けない。
私が侮られるという事は、独立国家もそう見られるという事。
私と大臣達は、常に氷の崖を這い登っているのだ。
生まれて初めての苦難に直面しているローベルシスどころではない。
未来へ進むには、あらゆる障害を乗り越えるしかない。
「ならば───いざ」
「ああ」
『手袋を外し、相手に叩き付ける』。
『背中合わせから3歩進む』。
そういった作法は、観客が居る場合にのみ適用されるパフォーマンスだ。
こんな非公式の決闘に於いては、結果だけが全て。
生き残った者のみ、語る資格がある。
彼か私か、どちらかだ。
(あえて、先手を譲ろう)
詠唱無しの法印のみで、《破戒戦鎚》を発動。
させるのを見せつけ。
その裏で、攻性防御の上位法術を構築しておく。
だが、反射ダメージの威力には、端から期待していない。
向こうが一旦『受け』に回り、再度仕掛けてきた時こそ、私の───
バキンッ。
体の奥の、複数箇所で。
ガラス板を叩き割るような音。
激痛。
「・・・なっ・・・」
「言っただろう、フォンダイト。
”僕にはもう、後が無い”って」
昏い炎を宿した瞳で、ローベルシスが言う。
懐から取り出し、手の平に載せた小さな《香炉》。
超高位神力の、塊。
『神』の創造した、『神器』に準ずるアーティファクト。
それは、まさか。
「貴様・・・《第一種聖典》をッ!?」
「ああ。
『神聖報天騎士団』の、限定装備だ。
奴等の目を盗み、無許可で持ち出したのさ。
お前を確実に倒す為にな」
「それが自分の立場を余計に悪くしている、とは思わんか」
「お前の首と引き換えなら、厳罰を打ち消して尚、余りがあるんだよ」
「それはそれは・・・過分な評価、痛み入る」
一瞬で、『法錬基底部』の半分ほどを砕かれた。
その被害が意味するのは、戦力半減どころではない。
上位法術の殆どが使用不可。
中位であっても、同時使用は無理だろう。
無詠唱となれば、低位のものすら発動が危うい。
「一応訊くけど。
まだやるかい、フォンダイト?」
「決闘とは、敗北を認めるか、どちらかが息絶えるまでだろう」
「じゃあ、殺そう」
僅かな躊躇も無く、ローベルシスが宣言し。
《香炉》が一層、輝きを増して。
(・・・ッ!!)
終わるのか。
ここで我が野望は、潰えてしまうのか。
私は。
なけなしの力を振り絞り、中位の防御法術を展開する他になかった。




