588話 命を大事に 07
シンイチローは、馬鹿だ。
そもそもが、『特務』より『秘匿』へ入るべきだったのに。
怠慢だ。
自分で自分の斬れ味を悪くしている、間抜けなナイフ。
自堕落に生きて、当たり障りなく立ち回り。
ちゃんと相手を殺し切らず逃げ回ってきた、軟弱野郎だ。
一応、強者であることは認めよう。
けれど、あれの肉体的なピークは、とっくに過ぎている。
出来が良かろうが古い玩具は壊れ易く、修復にも時間が掛かる。
同意の上での《私的な訓練》で、偶発的に『どうかなっても』仕方が無い。
うるさい爺様達には、そういう言い訳を突き通してもいいのだが。
───あいつ。
───面白い事をやりやがった。
何だ、さっきの『あれ』は。
離れたまま、掴まずに《崩す》なんて、考えたこともなかった。
冴えない顔の中年が、あんなのを隠し持っていたとは。
かなり驚いた。
戦闘者として、言葉に出来ないような屈辱を感じた。
けれど、次はもう通じない。
体験したから、憶えた。
どうやっているのかも、大体分かった。
───『あれ』を、すぐに試したい。
───ゴミ屑達に使って、滅茶苦茶に叩きのめしてやりたい。
自分は、『男』というものを泣かせるのが好きだ。
股を開かせた女を組み伏せて当然と思っている、全ての奴等を嘲笑いたい。
一人前の面した男を、泣き喚かせるのが好きだ。
プライドをへし折られ、蹲って嗚咽する姿を見るのが大好きだ。
”もうやめてくれ”。
”許してください”と、懇願されるのがたまらないのだ。
他の隊員より訓練について行けてる、なんて思い上がった馬鹿野郎共。
秘匿部隊の隊長や副隊長達に『あれ』を掛けて、散々にいたぶってやりたい。
皆の目の前で失禁させ、公開処刑にしてやりたい。
まあ、でも。
せっかくの昼時だ。
あいつらは食堂で、例のくっさい合成肉でも食うんだろう。
たっぷりそれを味合わせておき、その上で全部吐き出させようか。
苦しいだろうなぁ。
苦しくて、苦しくて。
その分、あたしは気持ちイイだろうなぁ!
やっぱり、シンイチローは『美味しい』。
マーカス先輩が首からぶら下げてた《何か》にも、興味はそそられたが。
それでも優先度は、シンイチローがずっと上だ。
あいつめ。
他に幾つ、『ああいうの』を隠してるのか。
それを、どうやってこれから、一つずつ剥ぎ取ってゆこうか。
そういう自分の、愉快な想像を。
楽しみを。
突如ザクザクと刻んで、凍り付かせてくれたのが。
───今も背後に付き纏う、《何か》。
ゼロ距離で銃口を押し当てられるより、酷い。
対処法が無い。
戦場をうろつく『霧』とは、完全に別物だ。
あれらとは違い、《何か》にはおそらく《数値》が付いている。
振り返れないから視界に入らず、確認出来ないが。
きっとそれは、自分やシンイチローより5ケタも多いだろう。
どうすれば勝てる、とか。
どうやって逃げる、とか。
もはや、そういう事を考える意味が微塵も無い。
《あちら》が”殺そう”と決めたら、それで終わり。
秒で死体だ。
無抵抗のまま、屑共と同じように息絶えるしかない。
《狂戦者》ミリアン・ベイガーが。
殺戮の化身、《一人十字軍》たる、このあたしが。
殺される。
殺されて、死ぬなんて───
ああ。
死ぬのは物凄く、イヤだ。
死んだ後、地獄へ落とされるのは納得済みだし、文句を垂れる気も無いけど。
死んでしまえば、これ以上は殺せなくなる。
それが心の底から、イヤだ。
もっと、もっと。
人を殺したい。
陰惨で理不尽なやり方で、死体の山を築き上げたい。
本当は、カルトや異教徒が対象じゃなくてもいいのだ。
カトリックの、枢機卿以外の一般信者だろうが、好きに殺して回りたい。
どうせ、同じ事だ。
何処の誰を殺そうと、殺人行為の全てはカトリックの為になる。
現世が不完全である事を証明する、最重要の材料となる。
自分こそが、『体現者』。
自分だけが、それをやっていい。
神の待つ《楽園》のみが、真実の世界。
それを示す為、どれだけ殺してもいい。
一晩でヴァチカンを血の海にしたって構わないのだ。
少しも間違っていないのだ。
それなのに。
死ぬなんてイヤだ。
殺せなくなるなんてイヤだ。
ああ。
こんな得体の知れないバケモノに取り憑かれて、命を落とすなんて。
あたしが生きていなければ、カトリックの正しさを示せない!
他の誰にも、同じ事は出来ないのに!




