584話 命を大事に 03
「取り敢えず、この事は他の隊員とかには内緒にしておいてね?」
3杯目の白ワインを飲りながら、苦笑するシン。
アルコール量が───いや、任務中というわけでもないからな。
健康診断も終わったし。
ただ、グラス単位だと高く付くだろ。
もういっその事、ボトルで注文したほうがいいんじゃないか?
「ああ。安心してくれ、誰にも言わないさ。
シンの流派の、ヒデンだもんな」
「私のところの、というか。
他流にも似たものがあって、それも《秘伝扱い》だからねぇ。
古流って結構、面倒なんだよ」
「面倒?」
「そうだよ。
かなり前の話なんだけども。
アメリカで講演した、とある先生がいてさ」
「うん」
「そういうのって、招いてくれるのは日系の人達か、『日米友好なんたら』で。
すごくいい雰囲気で開催されて、暖かな拍手で終わるものだけども。
参加者の中には時々、ちょっと《尖った》のも混じるわけで」
「あーー。
”インチキだ”とか、言い掛かりを付ける奴か」
「その通り。
それで絡まれた先生のほうも、あんまり《丸くなかった》。
ちょっとばかりお酒が回っててね。
やっちゃったんだよ、さっきのを」
「ほほう」
「そしたら、これまた運の悪い事に、相手はかなりの天才でさー。
何回も掛けられ、投げられしている内に、《それ》を覚えてしまったわけ」
「覚える、って───ヒデンを??
修行とかせずに出来るものなのか??」
「いや、無理無理。
普通ね、習得するには『高段者になってから』『十年以上は掛かる』から。
それをどうにかしちゃうのが、天才ってものなんだよ。
困ったことに」
パエリアを平らげてしまったシンが、ウェイターを呼ぶ。
追加注文は、ハモンセラーノ。
生ハムだ。
店によって、当たり外れの差が大きいんだけどな。
ワインの摘みにするつもりだろうが、僕のほうでもフォローしておこう。
念の為、というか、僕自身が食べ足りていないというのもあるが。
もう一品追加で、チョピトスだ。
イカのフライで外れるとかはないだろ、多分。
「───それで?
その天才野郎は、どうなったんだ?」
「一応、その場では顔を真っ赤にしつつも引き下がったんだけどね。
その後、総合格闘技の大会で無双しまくって、王座に輝いて。
いくら海の向こうとはいえど、映像記録が日本にも流れてきて。
それが、とある連盟の会合でご披露されちゃってねぇ。
”おい!誰が教えたんだ!”、と大騒ぎに」
「なるよなあ、やっぱり」
「最終的には、何とかその天才君を丸め込んで、日本に連れ帰って。
『一門の一人』という体にしたから、収まったんだけどさ」
「───それ、国によっては門下に入れるどころか、『暗殺』だろ」
「・・・まあ、そうだねー」
僕の考えが伝わったようで、何とも言えぬ表情をするシン様。
どこの国でも武道や格闘術は、軍隊で扱われる。
当然その中には、声高々に喧伝したくないものだってある。
そういう部隊が使う、そういう技術とか。
もし、そんなのが流出してしまったら。
流したほうも受け取ったほうも、裏でサックリ消されておかしくない。
ホント、日本が平和主義な国で助かったな、二人共。
「だけどさ、シン」
「何だい?」
「そういう『おっかないの』を、ミリアンに見せて大丈夫なのか?
ぶっちゃけアイツ、悪用しかしないぞ?」
「だろうなぁ。
まあ、そうであってほしい、というか。
そのほうが好都合だったりしてね」
「えっ??」
どういう事だ?
予想に反して、シン様が恐い事を言い出したぞ!?
「そりゃあ、色々な意味で気は咎めるよ。
でもね。
彼女はああいう性格だから・・・基本的にトドメを刺すよね?」
「──────」
「何時何処で『あれ』を使っても、その直後に必ず殺すなら。
《秘伝の流出はない》んだよ、マーカス」
「いや───確かにそうだが。
アイツ、教官だろ?
秘匿部隊員に教える、とかは?」
「ああ、それはさっき言った通り、無理だよ。
ちょっとやそっとの練習で出来るようなものじゃないから。
加えて、彼女はさ。
天才故の、欠点があるでしょ」
「性格以外にか?」
「勿論」
「んん───分からないな」
「誰かに教えられないんだよ。
生まれつきに、当たり前に、天然で優れているからね。
そうじゃない者へ、理屈で説明出来ないのさ」
「まあ、そんな感じはするな」
僕の頭の中。
想像上のミリアンが秘匿隊員達を投げ飛ばし、関節を極めて折りまくっている。
阿鼻叫喚の、地獄絵図だ。
みんな、泣きじゃくってる。
『どうやって、それをやるのか』という指導は、一切無い。
馬鹿笑いしながら、一方的に弄んでいるだけだ。
うん。
とても分かり易い。
「私は、そこが法王庁の《闇》だと思うんだよねぇ」
「《闇》?」
「どう考えても、彼女は教官になんか向いてない。
でも、秘匿部隊の一員として動かせば、もしもの事がある。
まかり間違って命を落としたら、大きな損失さ。
だから。
真っ当に戦闘技術を教えられないのを承知で、教官に据えている。
おかげで隊員達は、ただ虐められるだけの訓練を受けているのに。
それでも構わない。
ガス抜きとして適当だろう、くらいに『上』は考えているんだよ」
「──────」




