581話 道が途絶えた後に 03
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実験は、失敗。
薫が帰るまでに合計4回ほど『溺れさせてみた』が。
どうやっても浸透率は、0.03〜0.04%。
過度の連続投与は、腎機能障害などの副作用も懸念される。
残念ではあるけれど、中止だ。
このアプローチは一旦保留として、別の手法を探すしかないだろう。
───手の掛かる子だ。
───そして、本当に救いようの無い世界だ。
5代前の管理官が始めた『不正と着服』は、次も、その次も続いた。
先々代は、残された《絞り滓》に舌打ちし、実質上の職務放棄。
先代にいたっては、私が提出した状況報告書を見るや否や。
作成者の欄を自分の名前にすげ替え、すぐさまそれを総会へ提出。
あっという間に、更迭処分の形となった。
賢明と言えば賢明な判断だ。
彼は『失敗者』の烙印を押されるより、早期離脱。
自身に対する被害低減を選択したのだ。
そうして最終的に白羽の矢を立てられた、私だが。
考えるまでもなく、『こうなった責任』は『私以外』にある。
元凶は勿論、歴代の管理官。
しかし、その他も大いに問題だ。
《現象法規》であることに甘んじて、監視報告を怠った『死神』。
天界の在り方を正そうとしたものの、自らの腐敗にまみれた『悪魔』。
だが、それ以上に道を誤ったのが。
《神》と、その愚策に付き従った『天使』だろう。
人間に対し、『侮蔑』という私情を抱いた彼等の罪は重い。
思想統制の勝手な中断。
矛盾を含ませたまま《宗教》として人間に投げ渡すという、計算外の行動。
そのお陰で人間は、想定されていた段階へ辿り着けなくなった。
存在。
思考。
魂。
自己を3つの言葉に分けておきながら、結局はほぼ同一視している現状。
あと1000年経過しても、おそらくその『病気』は治っていないだろう。
進化が途絶えたのは、もはや確定的事実だ。
エルフ族の終焉を見届けるまでもない。
報告書を送れど、それが人間に関するものならば、読まれず積まれるだけ。
総会の上位者達は、とうに興味を失っている。
───だが、薫は別だ。
───薫だけは、逃してみせる。
けっして不可能ではない。
何故なら、6名も《前例者》がいる。
彼等は『船』に乗船せず、海を泳ぎ切った。
自力で《外の世界》まで至った。
そして永住権を獲得し、現在は非常に高い地位にも就いているのだ。
非正規な手段であろうと、脱出は脱出だ。
私の子なら、出来ない筈がない。
動物園育ちの母熊すら、泳ぎを教える為に子を水中へ沈める。
私にも、出来ない筈はない。
幸福な未来を手繰り寄せる決意。
限界の荒療治。
そういった事を考えていると。
「───ねぇ、アキコさん」
適当に選んで渡した書籍を読んでいた《魔王》から、唐突に声が掛かった。
「何かしら」
「お薦めのコレも、面白いんだけどね。
フランス人の作家は、『異世界転生もの』とか書かないのかい?」
「そうね。
『転生もの』ではないけれど。
”フランスが、国ごと異世界へ転移する”、というのはあったわね」
「うわ、そうきてしまうかー。
それ、一体どうなるんだい?」
「どうなる、というか───普通よ。
当たり前のように節約して暮らしながら、当たり前のように権力者を嘲笑し。
ファンタジー世界の周辺国すべてに、エスプリの効いた批判を繰り返すだけ。
とても素晴らしい生き方ね」
「うん、成る程。
聞くんじゃなかった」
「それよりも、貴方は《神》をどうするつもりかしら」
「おっと!
その件に関しては、『鋭意調整中』という事で勘弁してもらいたいな」
「──────」
「大丈夫、ちゃんと進めてはいるから。
どうやら、《神》にトドメを刺すのは。
私や、イスランデル天使長の役目じゃないようだよ?」
「───そう」
イスランデル。
あの天使か。
あれだけが、天界の中で突出した個体だ。
何を企んでいようと協力はしないが、彼が今後どうなるかには興味がある。
この世界から脱出できるのか。
誰を連れて行くのか。
《奇蹟》をどんなタイミングで行使するつもりか。
代償を理解しているのか。
それとも。
案外───単純な欲望に囚われ、《救世主》となったりしてね。




