575話 分岐点 01
【分岐点】
「ああ。
そちらから来ていただけるとは有り難い、エルフの族長」
沁みるような夜の冷気に満たされた、森の外れ。
心なしか、普段よりも大きく赤く見える満月の光を浴びながら。
グレーのローブに藍色の外套を纏った男が、傲慢な笑みを見せる。
「我は、この《旅団》の長を務める、サリウフォルトだ」
「・・・・・・」
「遠き地より旅を重ねて、幾数年。
団員共々、ようやく此処まで辿り着いた。
いやはや、情け無い話だが、あまり路銀に余裕は無い。
あったとしても、人間の街に腰を据えるのは、どうも性に合わぬ。
そんな苦境の中、偶々(たまたま)この森が目に入った次第でな」
「・・・・・・」
「そこでだ。
突然に来訪しておきながら、勝手な言い草だとは思うのだが。
───この森の一部を、我等ダークエルフに分けてはくれぬか?
姿は違えど、遥か昔は同じ源流にあった仲だ。
我等とて、『森の民』であることに変わりはない。
勿論、後から来た身の故、そちらのルールは遵守するつもりだが。
どうかな、族長殿?」
「・・・・・・おい、コルツェン」
「サリウフォルトだ。
ふむ。ダークエルフの名は、呼び難いか?」
「何が《ダークエルフ》だ、訳の分からんことを。
いったい、その肌の色はどうしたのだ、コルツェン?」
「ダークエルフを見るのは初めてかね?」
「いやいや。
質問を質問で返すでないわ。
そもそも《ダークエルフ》など、おりはせぬ。
珍妙な遊びも大概にしておけよ?」
杖を握った手の指を、もう片方のそれで擦って温めつつ。
リトアニア、ヴィリニュスの森のエルフ族長、ライドックは顔を顰めた。
「まったく、お前達。
揃いも揃って、こんな夜更けに何をやっているのだ?
みんな心配しておるぞ?
早く家に戻って、寝床に入りなさい」
「──────」
顎先を軽く上げ、ふっ、と聞えよがしな溜息をつく《旅団長》。
その後ろに控える一団からも、同じ音が響く。
「エルフというのは、どうにも頭が固くていかんな。
まあ、ある程度予想していた事ではあるが」
「だから、いい加減に妙な『ごっこ遊び』はやめろと言うに。
お前らは元気が有り余ってるのかもしれんが、こっちは風邪を引きそうだ」
寝間着にナイトキャップ姿のライドックが、大きくクシャミをし。
涙目で睨み付ける。
「流石にもう、付き合っておられん。
いいから、さっさと家に戻れ、コルツェン」
「サリウフォルトだ。
まったく、《白エルフ》は面倒で困る。
袂を分かって数千年といえど、もう少し《ダークエルフ》に理解が及ばぬか?」
「終いには怒るぞ、コルツェン」
「何度でも言うが、サリウフォルトだ。
いいかね、族長よ。
我等は、そちらとは異なる進化を遂げた《闇のエルフ族》。
取り敢えずのところ、礼儀として言葉を合わせているが、本来は言語も違う。
習慣や文化。
扱う精霊術すらも、《白エルフ》とは別物なのだよ」
物を知らぬ幼子を諭すような、穏やかな口調。
それがまた、ライドックの神経を逆撫でして止まない。
「証明しよう。
見たまえ───『闇の炎の精霊』を」
仰々しく上げた《旅団長》の手の平に灯る炎。
「・・・何故、照れておるのだ?」
「そんなことはないぞ」
「お前ではなく、精霊がだ」
「───待て。
やりなおそう。
見るがいい───『闇の風の精霊』を」
「・・・今度は、半笑いか?
お主も大変だな、こんな時間におかしな格好で連れ回されて」
「ええい!
ならば、これはどうだ!
最終秘術───『闇の光の精霊 x3』!!」
「ぐわっ!?」
よろめき崩れ落ちたライドックの手から杖が離れ、からからと転がった。
「普通に眩しいわッ!!
何さらすんじゃ、馬鹿たれがッ!!」
「はっはっは!
どうだ、《白エルフ》よ。恐ろしかろう?
こんなものはまだ、『闇の力』の一端に過ぎぬが!」
「むむっ・・・うぐぐ!」
眉間に皺を寄せ、目元を押さえながらも。
やがてランドックの左手が、落ちていた杖を掴み直し。
月明かり。
ゆらり、と立ち上がる、白地にブラウンドットの寝間着姿。
「おのれ・・・上等だ!!
かくなる上は全員、しこたま殴って、正気に戻してやろうぞ!!」
「───あ、いや、その」
途端、得意げだった《旅団長》の顔に動揺が走って。
彼を含めた怪しい一団は、一斉にじりじりと後退り始めた。
「何もそこまで、していただかなくても。
族長───あの、族長っ!?」




