574話 殺して、進め
【殺して、進め】
執務室のソファ。
頭首と筆頭はそのまま、難しい『お話』を始めちゃって。
おいらもクッキーとか齧りながら、なんとなく付き合っちゃって。
そうしてる内に、《もしも、ガニアと戦争になったら》が出て来たわけ。
ズィーエルハイトは、領地に住む人間を守る事が『最優先』だからね。
意味も無く他家へ侵攻する事は、有り得ない。
《連合会議》の席上でもなきゃ、殺し合いなんかしないよ。
通常ならね。
だけど実際、『マイネスタン VS シルミスト』が始まってしまったからさ。
これによって各家が、これ迄の厭戦方針を変更する可能性は十分にある。
ガニアが領地線を破って攻め込んで来た、という事態も考えておくべき。
心構えと備えが必要だよね。
おいらは、戦力としてカウント出来ないくらい、弱いけども。
「うーーん。
ハルバイス家の救援は無しの、ズィーエルハイト単独で、となると。
正直、《勝ち筋》が見えないなー」
腕組みして、表情を歪める筆頭。
「そりゃあ数日くらいなら抗戦可能だけど、長期戦となれば『ジエンド』だ。
奴等の数が、あまりにも多過ぎるよ。
『圧殺されて滅亡』のパターンだね」
「・・・・・・」
「あいつら、自分の領地に半数は残した上で仕掛けてくるだろうし。
そんな状態じゃ、隙を突いて他家がガニアを、というのも『望み薄』。
それにさ。
どうせ向こうの頭首は、出陣しやしないだろ?
そうなるとこっちは、圧倒的不利を引っ繰り返すような『決め手』が無いよ。
いくら戦っても結局、遠方のキングを殺せないんだ。
《直接転移》で強襲しようにも、『結界』が張ってあるから無理だし」
「そうかしら?
打てる手はある、と私は思うけれど」
「えーー??何をどうすんのさ?
言っとくけど、『アルに来てもらう』とかも無しだからね?
あいつ───勝てるかどうかの判断もしないで、絶対に来るから。
気持ちとしては嬉しいけどさ。
今度こそ死んじゃうぞ?」
「勿論、アルヴァレストは呼ばない。
たとえ彼が来たとしても、参加してもらうつもりは無いわ」
どうだろ、それは。
あの性格からして、難しい気がするよ?
それに、もしその時点で結婚してたら、参戦するに決まってるじゃん。
意地でも黙ってないと思う。
あ、そうだ、アルヴァレストで思い出したけど。
おいらが組んであげた、マギルちゃんのデスクトップ。
今でも元気にしてるかなぁ?
「じゃあ、どうするんだよ。具体的に」
「ガニアは、旧いしきたりを重視する家だから。
きっと御丁寧に、長々とした《布告状》を寄越す筈。
それが届いたら、即座。
私と貴方、あとはダグセラン達。
戦闘経験の多い者から選りすぐって、《棺桶》に入るのよ」
「・・・は??《棺桶》??
え、何?
もしかして君、戦わないつもり??」
「まさか、そんな訳ないでしょう。
EC725 カラカル───現名称、H225M。
ハンガリー国防軍の戦闘輸送ヘリで、ガニア本家へ赴き。
直上から《荷物として》、投下してもらうわ」
親方!!空からズィーエルハイトがッ!!
どさり。
ソファの上、筆頭が横向きに倒れて。
うん、見事に白目を剥いてるねー。
「クライス。
私は今、真剣な話をしているのよ?
ちゃんとした態度で聞きなさい」
「・・・その結果、こうなったんだろ」
「敵のキングを討ち取らなければ、勝てない。
それは事実。
だからこそよ。
少数で、最小限の消耗で勝利を掴むには、この方法しかないでしょう?」
「ふざけてんのか!?
何だその、《パンが無ければ殴ればいいじゃない》的な発想は!?
いつも言ってるだろ、”真っ先に飛び込むな”って!!
脳筋め!!
『脳筋ファリア』め!!」
「あら、酷い言い様ね。
十分に考えた上で、発言したつもりだけれど」
「どの辺りが!?」
「その為の、《棺桶》よ。
精鋭戦力で、ガニア本家を陥落させた後。
《棺桶》の中、小分けして入れておいた血を飲んで各自、回復し。
そのまま《棺桶》と敵の死体を盾にしつつ、包囲網を突破。
殺して。
飲んで。
更に殺して。
そうしながら、皆で領地へ戻る道を進み続け。
最終的にはズィーエルハイト側の仲間と、ガニア残党を挟撃し───」
「ド阿呆なの、君はっ!?
そんな計画、恐ろし過ぎて今日食べたモノ全部、リバースしそうだよ!
あと、《棺桶》なんてただの板切れじゃん!
ヘリから落とすくらいだから、硬質化の魔法くらいは掛けるんだろうけど!
そんなの『対吸血鬼戦』じゃ、紙切れ同然だっての!
補給物資の容れ物なら、バックパックで十分だろ!」
我慢の限界に達したらしく、身を起こした筆頭が喚き散らすけど。
頭首は微塵も動揺を見せず、冷静にいなしておられます。
「『恐ろしいから』こそ、相手に効くのよ。
それと。
後半部分の指摘には、反論させて頂戴。
現実として考えてみなさい、クライス。
《棺桶》なんて、良くも悪くも『価値の無い家具』だわ。
失ったら、また作ればいいだけの『品物』でしかない。
破壊されたところで持ち主が死ぬ訳でも、弱体化する訳でもない。
そんな事を信じているのは、一部の人間だけね。
けれど、敢えて《それ》を戦場に持ち込んで誇示し。
我等が『不退転の覚悟』を見せつけ、恐怖心を煽る。
本当の目的は、そういう《戦闘以前における弱体化》よ。
そして。
《棺桶》に、さほどの硬さは要らないわ。
敵の攻撃を防ぐのは、『敵自身』。
物言わぬ肉塊を括り付けるには、丁度良い具合じゃないかしら」
「あーー・・・そーゆートコは一応、真面目に考えてんだ・・・」
「失礼ね。
私は、『真剣な話』だと言った筈よ?」
憮然とする頭首様。
流石だね!
その横顔が素敵です!
綺麗で、おまけに可愛いですよ!
───確定だなぁ。
『もしも』の時が、訪れてしまえば。
頭首は《これ》を、本気で実行するつもりだね。
こういうの、他家は思い付きもしないだろうけど。
ウチはむしろ、『こういうのから』考えて吟味する。
そして。
本当にやっちゃうからこそ、ズィーエルハイトさ。
ハンガリーという国に根ざし、未だ滅びていない理由がこれなのだ。
筆頭だって、嫌そうにちまちまと突っ込んでは、溜息を繰り返してるけどね。
分家衆の取りまとめ役は、飾り物の名誉職じゃあない。
頭首との付き合いが長い分、調整は良く良く心得ているようで。
色々文句を言いながらも、次第に《修正案》や《追加事項》を提示し始めたぞ。
そうだなぁ。
国防軍とコネクションを作っておくの、『あり』だと思うよ?
吸血鬼だと正体をバラさず、人間としてお付き合いすればいいだけだし。
ガニアみたいな『ガチガチ頭』には、想定不可能だろうね、コレ。
うんうん。
この感じだと大丈夫そうかなー、やがて訪れる未来は。
おいらは、泣けてくるほど弱いけども。
お仕事があるなら、頑張るよ。
何が起きたって、勝つのは絶対、ズィーエルハイトなのさ!




