571話 Special Worker 04
「───うん、オールグリーン。
どこにも、何の異常兆候も無しですよ、頭首」
「そう、良かったわ」
おいらの判定結果を聞き、満足そうに微笑む頭首様。
そして、僅かにその表情が陰った。
「でも・・・こんな仕事をさせて、ご免なさいね、マクシー」
「いやいや、そんな事は!」
慌てて首を振り、否定。
まあ、各所の配線周りのチェックでしゃがみ込んだからさ。
脂肪に覆われたタプタプの腹部は、苦しかったけれども。
頭首の仰言っているのは、そういう意味じゃあなくて。
おいらの《特殊な能力》。
それは、PCの健康管理のみにとどまらない。
所有者もしくは所有者以外に、不正使用された場合も分かる。
どんな外部デバイスを挿し、何のデータを持ち出したか。
キーロガー等のプログラムを仕込んだことも、それがいつなのかさえ。
聞いたら教えてくれるんだよ、PCが。
物的証拠が残ってるかどうかは、はっきり言ってどうでもいい。
彼等が語った時点で、それは『あった』ってわけ。
確定なのさ。
遠隔に頼らず、こうして本家まで来てるのは、そういう事。
目視して、話して、それらを確かめる為。
本家は改装の段階から一切、外部の人間を関与させていない。
つまり。
悪意を含んだ《何か》があった場合は、《内部関係者の犯行》。
おいらがやっているのは、その調査。
即ち、『身内を疑う行為』に他ならないのだ。
「誰にも出来ない事を、信用して任せてもらえる。
おいら、それが喜びなんで。
謝る必要なんか無いですよ、頭首!」
「・・・貴方がそう言ってくれるなら、私も嬉しいわ」
悲しげだった顔に、ゆっくりと安堵が広がってゆく。
もうね、こういうのをさ。
ウチの頭首様は、『素』でやっちゃうんだよね。
しなきゃいけないとか、そうしたほうが得になる、じゃなくて。
根っこの部分が普通に、『これ』なんだよ。
頭首がこんな感じだから、それがみんなに伝わる。
みんなも、同じようになってゆく。
だからおいら、ズィーエルハイトの誰からも、馬鹿にされた事が無い。
役立たずを見るような視線を向けられた事だって、一度も無いのさ。
そりゃあ、出家する奴なんて誰も居ないわけだよ。
こんなおいらだってズィーエルハイトの一員だから、責任感はある。
一族の為に頑張ろう!っていう気概だって、当然あるけど。
その上で。
ズィーエルハイトを守るのが前提な上で。
『頭首を守りたい』んだよね。
これはマジで、大真面目な話。
そう思わせる、無意識のカリスマみたいなのがあるのさ。
ウチの頭首様には。
───と、そんな事を考えていたら。
───部屋の外から、ノック音が聞こえた。
「おーい、ファリア。居るかい?」
「ええ」
「ちょっと入ってもいいかな?」
「どうぞ」
ドアを開け、入室してきたのは分家衆の筆頭。
───うわあ。
人間社会でも、相当に派手な部類の格好。
吸血鬼としては異端中の異端とも言える、奇抜なファッションセンスだよ。
ダメージ加工した、デニム地のキャップ。
カーキ色でミリタリー風なショート丈のジャンパーは、いいとしても。
何でそれに、紫色のマフラーなんか合わせちゃうかな?
あと、履いてるその、オーバーサイズなオレンジと黒の縦縞ジャージ。
どうして左側だけ、膝から下が無いの?
いくら屋内でも、流石に寒くない?
「あれ、マクシー来てたのか?」
「定期メンテナンスで、お邪魔してます」
「あー。そういえば今日だったな、メンテ。
ファリアが執務室に居なかったから、驚いたけどさ。
良く考えたら、あそこより私室の方が好都合かー」
「何かあったのかしら、クライス」
「まあね。そこそこにね」
筆頭がレザーバッグからノートPCを取り出し、頭首のそれの横に並べる。
”耐久性には自信があるけど、ケースにくらい入れてほしい”
”使用者の服装、いつも変”
PCから漏れる、本音という『呟き』。
表情に出さず苦笑いするのって、結構難しいなぁ。
「見てもらいたいモノがあってねー。
マクシーもいるから、丁度良かったな」
「えっ?おいら?」
「こういうのは、複数の頭で考えたほうがいいのさ。
別方向からの視点って、意外と重要なんだよ」
「いや、おいらに期待されても困りますよ」
「お前は、自己評価が低すぎるだけ!
そもそも賢くない奴が、PCのスペシャリストになれるわけないっての」
「そうでしょうかねぇ?」
ええと。
おいらが来てるとは思ってなかった、って事は。
見せたいモノは、PC自体じゃないらしい。
その中身の、何らかのデータに対し、意見してほしいんだろうけど。
本当に自分は、此処に居てもいいんだろうか。
何かこう、内密の重要な話とかじゃないの、これ?
筆頭が頭首の私室を訪れるくらいなんだし。
動揺しまくってるおいらに構わず、筆頭私物のPCがオープンされた。
”バッグの中、硬い物を一緒に入れるな”
”ポテトチップスを摘んだ指で触られるのは、本当に嫌だ”
”今日の服、致命的にセンスが無い”
次々に、切実な抗議が聞こえてきたぞ。
分かったよ。
後でそれとなく、筆頭に伝えておくから。
服の事以外は。
ゴメンよ!




