567話 Bedtime story 03
「何で、仕事仲間を殺すんだよ?」
「───さあな。
それは、当の天使にも分からなかった。
彼女は別に、同僚が《規格外品》を始末した事に嫌悪を感じなかった。
当然の義務を果たしただけで、何もおかしいとは思わなかったが。
如何なる故か、ほぼ間を置かず、同僚を殺害した。
その理由が、彼女には分からない。
殺さなければならぬ必要性が全く、思い浮かばない」
「いやいや。大丈夫なのか、その天使?
ぶっ壊れてんじゃないのか、頭が」
「うむ。
彼女も自ら、そういう結論に達した。
《規格外品》を世界から取り除いた相方には、何の罪も無く。
おかしいのは、自分。
念の為、彼女は《規格外品》の死体を踏み付けてみたが。
可哀想だ、などとは微塵も感じなかった。
動かない相方を何度か蹴ってみても、同じ事。
罪悪感も後悔も、押し寄せてこない。
ただ。
”これは大変な事態になった”と、彼女は天を仰いだ。
どうやら、自分は壊れている。
《規格外品》と同じで天使の自分も、どこかが壊れているらしい。
《こういうモノ》が始末されるのを見るのは、初めてでもないのだが。
一体、どの時点で自分は壊れたのか。
どうしてそれを認識するのが、今日という日であったのか。
納得こそ出来ぬものの、彼女は基本的に真面目な性分だ。
逃げ隠れする算段を思考するより、まずは『出頭』が妥当だと判断し。
あんまり触りたくなかったが、死体を2つ抱えて天界へと戻った」
「・・・・・・」
「───とにかく上司の部屋へ赴き、事の顛末を伝えた。
勿論、まともな釈明は出来ない。
何故殺したのかさっぱり分からぬのだから、ただ事実を並べるしかない。
『仲間殺し』は、重罪中の重罪だ。
おそらく、《死刑》となる。
すぐに武装した天使達が駆け付けて拘束、連行され。
犯行動機を明らかにするべく脳を切り刻まれた上で、刑が執行されるだろう。
彼女は冷静に、そういう未来を予想していたのだが」
「・・・だが?」
「彼女の上司は、穏やかに報告を聞き終え。
”そうか”
”それでは、次の仕事の件だが”、と。
何も無かったように新しい書類を取り出そうとした」
「ええっ??いいのかよ、放っておいて??」
「良いわけがなかろう。
彼女とて、自分がしでかした事が罪であるとは認識していた。
殺したのだから、殺される覚悟を決めていた。
しかし、もう一度聞き返したが、上司は答えたのだ。
”特に問題は無いな”
”例えば、君の同僚が《規格外品》を見逃そうとして”
”それを諌めようとした君に、攻撃してきた”
”君は同僚を粛清せざるを得ず、その後に《規格外品》を削除した”
”それと一体、どこが違うのかね”、と。
分からぬ彼女のほうが理解し難い、そう言いたげな表情だった」
「俺、知ってるぞ。そういうの確か、サイコパスってんだろ?」
「周囲の共感が得られぬという側面においては、そうだな」
「なんかさ。
この話に出てくる『天使』って、どいつもヤバくね?」
「うむ。天使はヤバいぞ。
強くて頭が良くて、人間などより余程ヤバい」
「・・・・・・」
「彼女は、上司の言葉を脳内で反芻し。
一応の解釈を試みた。
つまり。
どういう理由があろうと無かろうと、『最終結果』こそが全て。
《規格外品》が1つ消え。
『天使』が1名死んで。
最後に《誰か》が残った。
数さえ合っているなら、どうでも良いという理屈らしい」
「・・・・・・」
「ただ、『現実』と『例え話』の結果は同じでも。
その数の設定自体が妙だ。
上司は最初から、『2名の天使』が残ることを想定していなかった」
「え??」
「どちらかが、どちらかを殺すだろう、と。
そう身構えていなければ、天使が1名死んだのは明らかに実害の筈だ。
なのに、上司がまったく動じないのは。
どちらか、《より都合の良い》ほうが相手を殺して生き残り、帰還する。
彼女は知らぬ内、《奇妙な選抜試験》に投げ込まれていた。
そういう事だろうな」
「・・・・・・」
「ケニス。
お前はこの『彼女』と『上司』、どちらがより危険だと思う?」
「んー?
そりゃ、上司のほうじゃねぇの?」
「何故だ」
「何故って。
彼女は自分が仲間を殺した理由、分かってないんだろ?
でも、上司は色々分かってる上で、企んでるじゃん。
危ねぇのは絶対、上司だよ」
「素直で優しい仔犬だな、ケニス」
「『仔犬』は嬉しくないぜ」
「そうか」
「でもまあ、『天使』なんて・・・実際に居ねぇし・・・な」
ふわあ、と大きな欠伸をする男。
「やっぱり、いつもとおんなじ、意味不明な話だったよ」
「そうか?
結構な『自信作』だったのだが。
それにな、ケニス。
”俺にとっての『天使』は、君さ”
”愛してるよ、ハニー。マイスウィートエンジェル”
ここはそう耳元で、甘く囁くところだぞ?」
「全部自分で言ってりゃ、世話ねぇや」
「ふふ。
まあ、死ぬ迄に一度くらいは、そんな台詞を言ってほしいものだ」
「・・・・・・」
女は、少しだけ寂しげな瞳をして。
男の額に、ゆっくりと口付けた。
「おやすみ───マイダーリン」




