565話 Bedtime story 01
初登場時。
「真夏のビーチには、天使がいる!!」
その後。
「気を付けろ!ゲレンデには、魔法が掛かっている!!」
そして、現在───
【Bedtime story】
「・・・死ぬかと思った・・・」
どさり、と腰から頭をベッドに投げ出し。
虚ろな瞳をした男が、呟いた。
「マジでもう・・・あの世へ行くかと、覚悟しちゃったぜ」
「何を大袈裟な。お前は大して、頑張ってもいないだろう」
疲労困憊という様子の男に、女の口ぶりは素っ気無い。
男のほうよりは肌に赤みが差し、上気しているものの。
それでも発汗はおろか、呼吸さえ乱していない。
おまけに、その表情に宿しているのは、『微かな不満』。
完全に満足し切っていないことが明白な、やや拗ねた顔付きだった。
「・・・そうは言うけどさー、ネリス」
「何だ?」
「俺さ、思春期っつーか、第二次性徴期の頃、思ったんだよ。
”性欲ってすげェ!”。
”こんな気持ちイイ事、すげェじゃん!”、ってさ」
「ほほう」
「親に隠れてエッチなコミックを読んだり、ネットでそういう画像とかも見て。
探せば探すほど、もっとすげェのが見つかって。
”何だよ、コレ!”、”今まで夢中になってた遊びとか、馬鹿みてぇじゃん!”。
俺は、一気に視界が広がった気がして、浮かれたね。
何て素晴らしい世界に生まれてきたんだと、本気で喜んだのさ」
「良かったな、ケニス」
「いや、良かったのはそこまでだよ。
俺は、途中で怖くなったんだ。
『それ』がコントロールできない事に。
そりゃあ、コントロールできる奴だっているぜ?
クラスの男子の殆どが『女、女』って騒いでる中、冷静な奴はいたし。
時と場合を弁えて自分を律する事も、やろうとすりゃまあ、できる。
けどさ。
どんなにカッコつけてる男でも、『性欲』を直視して、心を奪われたら。
他の事なんて全部、意味が無くなっちまう。
頭の中、『それ』が1/4も占めたらもう、アウトだな。
常識も善悪も通らねぇ。
1+1の答えだって、ひん曲がる。
あらゆるモノを全部ひっくり返して、『性欲』が勝つ。
俺はさ。
『男の性欲』ってのが、怖くてたまんねぇと思った。
それを消せないのが、永久に離れられないのが、怖いと思ったんだ」
「よし。そろそろ《オチ》を付けてみろ」
「・・・けどな。
女のほうが恐ぇよ、マジで。
お前は、肉食獣か!?飢えたライオンか!?」
「男も女も、それどころか生きているものは須らく、『獣』だろう」
「一蓮托生、自爆攻撃とみたぜ」
「いや、事実も事実。
誰しもが『獣』で、醜く、卑しいのが実態だ。
便宜上、理性と倫理を分厚く着込んだ存在を《より高等》と評するだけ。
こうやってそれらを脱ぎ捨てれば、等しく『獣』に戻るのが道理だぞ?」
「・・・俺の『獣』、弱ぇ」
「うむ。頑張りが足らないな、ケニス」
「生まれたての仔犬か」
「おおむね、そのくらいだろうな」




