562話 聞いて 〜Road to Death 04
ゆっくりと『化け物』が、こちらを向いた。
クリスマスチキンのように齧り付いた護衛の腕を、ぐちゃと咀嚼し。
それから僅かに顔を顰め、無造作に後ろへ放り投げる。
「あー、危なかった!
選手交代!
しばらくは、こっちで相手するわね!」
「・・・おい、何だその姿は。
まさか、お前・・・『複合種』なのか??」
「そうよー。
混血じゃなくて、《二重幻想者》ね。
あはは!
珍しいでしょ?驚いた?」
「《それ》は、何の『伝来の妖族』だ?」
「何だと思うー?」
「分からぬから、聞いている」
そうだ。
確かに、何も分からない。
醜く膨れ上がった巨体、蒼黒い肌。
鬣のような、長い灰色の頭髪。
異様に小さな眼球。
額と手脚の節々(ふしぶし)から、ねじれた角が伸び。
両肩に、腹に、太腿に、牛や馬や豚の頭が生えて。
全くもって何なのか、得体が知れない。
しかも。
明らかに特徴的で異常なシルエットなのに、『覚えられない』。
どうしてだか、長く見つめていられず。
目を逸らした一瞬で角の本数も、牛馬の頭の位置も変わっている。
───ああ、自分はこんなものを知らない。
───だが、今からでも理解すれば、その弱点も判明する筈!
「申し訳ないんだけど、教えられないのよねぇ。
ほんと、意地悪とかじゃなくてさぁ」
黄色く汚れた乱杭歯を剥き、化け物が女の声で笑った。
「ごめんねー。
《これ》の種族名を、口にしちゃうとね?
『誰だろうと』。
『必ず』。
『即死』する。
不便な事に自分自身でさえ、その例外じゃないわけ」
「!!」
「知らなくて良かったわね、御頭首様。
どうしても知りたいなら、ネットで調べてみたら?
運が良ければ、ヒントくらいは見つかるかもね?
お薦めはしないけどさ」
「・・・・・・」
「さっきの《弾丸》って、惜しいわよねー。
不完全よ。
結局、作った奴の『欲』が混入してるから。
”最後は自分の手でトドメを刺したい”っていう、『余計な欲』が。
だから、撃ち込むだけじゃ、すぐに死なない。
けどね。
私の力は、そうじゃないから。
『言えば』『絶対に』『即死』するから、気を付けてね?」
種族名を言うと死ぬ、だと?
何だ、それは。
そんな絶対的な力を持った伝来の妖族が、存在するのか?
存在していいのか?
「別に、信じてくれなくてもいいけど。
《これ》ってば、元は『極東原産』でさー。
そこの人間に嫌われ過ぎちゃったから、みんなで海を渡って逃げてきたの。
まあ、私には当時の記憶なんて無いからね。
お祖父ちゃんお祖母ちゃん達から聞いた、昔話よ」
「・・・・・・」
「逃亡の際に、さる高貴な御身分の子供を攫ってね。
追っ手として、七人の腕利きが放たれたらしいわ。
でもね。
全員、死んだそうよ。
《これ》の名前を言って、もれなく『即死』したんだってさー」
「??・・・何故その連中は、分かっていながら口にした?」
「さあーどうでしょうねー?
そこは流石に秘密、って事で!
《これ》は人間なんて簡単に千切って刻んで、喰らえるけど。
そうするよりも、名前を言わせるほうが好きなの。
怖くて怖くて、絶対言わないように轡を噛み締めて震えてる奴に。
訳が分からないまま名を呼ばせるのが、大好きでね。
どうしたらそう出来るのかを、ずっと真面目に考えてきた種族なのよ」




