561話 聞いて 〜Road to Death 03
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リグレット・マイネスタンの姿が見えた。
それなりの実力を備えた者を、紙でも破るようにバッサリと。
柔らかなケーキを潰す如く、グシャリ、と。
『直属』も付けず、好き勝手に立ち回り、暴れている。
まるでアクション映画だ。
最初から強いと定められた主役が、名も無き端役達を蹴散らす場面。
やられている我々の側としては、酷く腹立たしい。
生き残れた者は再生出来るとはいえ、無限無償で続けられる事ではない。
食べて眠れば済む人間とは違い、回復の代償は《血》だ。
血液、即ち『樽の中身』を消費しなければ、本当の回復にはならないのだ。
「───あらぁ、御頭首様の登場ね!」
こちらに気付き、演者めいた大袈裟な身振りで笑う女。
「こんな所までおいでくださって、どうしたの?
一騎討ちでもお望みかしらぁ?」
「ふん、馬鹿馬鹿しい。
誰がそんな、頭の悪い真似をするか」
最高戦力同士が戦うなど、あり得ない。
それをしないからこその、『戦争』なのだ。
「・・・行け」
合図と共に、付き従っていた3名が飛び出し、襲い掛かる。
攻撃力のみならず体術にも優れた、《特別な護衛達》だ。
頭首は強くて当たり前。
《そこらの》をぶつけても、まともな勝負にならぬ。
わざわざ前線に出て戦うような奴だ。
魔法や『魔法道具』で能力を底上げしてもいるだろう。
───それを含めた上でも、感心する。
───しばし、見とれてしまった。
たとえ短時間であれ、あの3名と互角にやり合えているのは凄まじい事だ。
とち狂っているがこの女、強さだけは正真正銘、大したものよ。
だからこそ、ここで討ち取らねばなるまい。
必ず。
確実に。
「あははは!おっかないねー、こいつら!
ズィーエルハイトのお姫様ほどじゃ、ないけどさ!」
「・・・・・・」
高笑いしながら女が、《護衛達》の攻撃を躱す。
捌く。
受け止める。
その動きを、網膜に焼き付くほどに凝視した。
彼等とは事前に話し合い、『策』を決めているが。
それをどこで繰り出すかは、成り行きだ。
幾つかの連携パターン。
それをフェイクとして、他に繋げるパターン。
効果のあったものを、やや間を置いて反復するパターン。
そう。
効果のあったもの。
やや、間を置いて。
──────ここだ!!
ポケットの中で握りしめたものと同じに。
土を蹴り、弾丸のように走った。
護衛の一名が、奴の片腕を絡め取り。
即座に他の二名も、別の箇所の関節を極めて封じる。
一瞬、動きが止まった女の。
その一瞬を突き刺すように、護衛達の隙間へ潜り込む。
パンッ!
銃口を押し当て、発射。
護衛達に守られながら、即座に退く。
「───はあ??」
腹部に手を当て、ぽかん、と女が口を開けた。
「何よ、銃??───何でそんな───」
その先にどんな言葉を続けたかったかは、分からない。
聞き取れもしない。
ただ。
みるみる内に、『顔色が変わった』。
「───ごッ、おえッ、があああッ!!??」
押さえた口元から鮮血を零し。
リグレット・マイネスタンの体が、痙攣する。
「ぎ、いッ!!ぐッ、ぎああああ〜〜〜〜〜ッッ!!!!」
地に崩れ、転げ回る。
泣き叫ぶ。
目から、耳から紅を撒き散らし、絶叫する。
腹を裂かれ内臓を引き出されても、滅多に声など上げぬ吸血鬼だ。
それが、この醜態・・・狂乱の様。
震えこそしないものの、真っ青になって立ち尽くす護衛達。
自らも含め、恐怖を払拭する為。
大声で彼等へ、激を飛ばした。
「殺せっ!!
とどめを刺すのだ、念入りに!!」
我に返った護衛がもう一度、飛び込んでゆく。
一名が死にかけの女に伸し掛かり。
残りは放たれた矢のように、左右へ散る。
肉を引き裂く音。
骨を折り砕く音。
それとは関係無しに喚き散らす、不運な女の断末魔。
───だが。
───それほど時間を待たずして、気付いた。
違和感。
首筋に氷を当てられたような、ぞっとする《不可解さ》。
周囲の戦闘は、どれも中断している。
皆が動きを止め、見守っている。
そうだ。
それが、おかしいのだ。
頭首が殺されかけているのに何故、誰も来ない。
マイネスタンの兵は、どうしてこの場へ駆け付けない。
その横槍を防ぐ為、護衛の二名を展開させたというのに。
ハスバル・シルミストは、《動かぬ者達》を見た。
事の経緯を知らない、シルミストの兵は硬直し。
ありありと恐怖の表情を浮かべ、凍り付いているが。
それらとつい先程まで戦っていた、マイネスタンの兵達。
それらは皆、笑っていた。
唇を歪め。
薄く冷たい笑みで、ニヤニヤとせせら笑っていた。
何故だ。
お前達の頭首が死ぬのが、討ち取られんとしているのが。
まさか、嬉しいとでも言うつもりか?
どうしてそんなに、余裕な態度でいられる??
「・・・っ!!」
いつしか鳴り止んでいた、犠牲者の声。
慌てて視線を戻すと同時。
リグレット・マイネスタンを『殺していた』護衛が、飛び退いた。
霧のように吹き出す、鮮血。
護衛の片腕は、途中から千切れている。
「な・・・」
思わず呻いて、後退った。
血溜まりの中から身を起こした、それは。
何もなかったように無傷で立ち上がった、それは。
《吸血鬼ではなかった》。
見たことも、聞いたことも。
想像すらしたことのない。
そこに居るのに、居ないような気のする、奇怪な生命だった。




