559話 聞いて 〜Road to Death 01
【聞いて 〜Road to Death】
冬の夜空。
まばらな星と薄く煙る雲の隙間に、欠けた月が浮かんでいる。
風混じりの小雨は冷たく、今にも雪に変わりそうな気配。
天候のせいか、気分も優れない。
側頭部からこめかみに走る断続的な痛みを堪え、唇を強く引き結ぶ。
思い通りにゆかない現状だ。
予定外の、訳が分からない事が多すぎるが。
嘆くばかりではなく、いい加減に打開しなければならない。
───それが、今夜だ。
───今夜こそ、この場所で決着を付けてしまうのだ。
ハスバル・シルミストは、息をつき。
冷えた両手をゆっくりと、外套のポケットに差し入れた。
右手の指が、固い感触に───拳銃に触れる。
装填された弾丸は、一発のみ。
いや。
それは、攻撃の手段でも『武装』ですらなく。
悪意や殺意、『負の感情そのもの』なのかもしれない───
最悪の。
本当に、降って湧いたような災難。
人間の世の時代、公然とは正体を晒せぬ吸血鬼だ。
他家が武力をもって領地線を越えてくるなど、誰が予想出来よう。
マイネスタンの馬鹿共め。
《気狂い》のズィーエルハイトでも真似たつもりか。
あの会議では連中に何一つ言い返せず、震えていたくせに。
───勿論、こちらとて額面通りに受け止めたわけではない。
兵を従えた侵攻は、ただの『前段階』。
何らかの目的があり、それを有利な条件で叶える為のパフォーマンス。
だから我々は即時、停戦交渉を申し出た。
如何にも下手に出た格好にはなるが、それしかない。
話を進めるには、他にとるべき道が無いからだ。
───しかし。
───マイネスタンは、応じなかった。
交渉自体を拒絶し、兵を退かなかった。
じりじりと緩慢な歩みで前進。
こちらが応戦すれば、仕方無しという体でまた戻り。
いつまで経っても領地から出てゆかぬ。
何の目的で派兵したのかが、さっぱり分からぬ。
しかもだ。
こんな事をやっておきながら、《隠蔽工作》を一切しない。
人間避けの結界も、争いの音を消すことも、全く気にしていない。
そのせいで、こちらは大損害だ。
毎日毎日、樽の中身が湯水のように減ってゆく。
戦闘で誰が死んだとか、そんなレベルの『痛み』ではない。
永きに渡って貯蓄した、《命たる血》が。
一方的に押し付けられた阿呆のような理由で、みるみる内に失われるのだ。
まったく、何を考えているのか。
どうして今、戦争などしなくてはならない?
実質上の頭首たるリグレット・マイネスタンまで、前線に出てきて。
何の要求も無くだらだらと戦いを続ける、その理由は何なのだ?
───ああ、考えるのはよそう。
───《幼児性愛者》で悪名高い、あの女が前方に居る。
腹立たしいが、自ら参戦してくれた事には感謝しよう。
それなりの、もてなしをしてやろう。
目に見えて、そこにいるならば。
単純に、殺してしまえば良いのだ。
彼女を。
そうすれば、こんな巫山戯た『戦争ごっこ』も終わる。
マイネスタン家は崩壊。
そこまで至らなくとも、相当に勢力を削がれる筈。
これはむしろ、好機だと思うべき。
《個》としての強さなど、戦争においては呆気なく引っ繰り返るもの。
それを今夜、教えてやる。
狂ったふりの道化は、舞台から消えろ。
たった一発がもたらす───お前が想像したこともない、激痛の中でな!
ハスバル・シルミストは、尚も続く頭痛を堪え。
ポケットの中にある拳銃のグリップを、強く握り締めた。




