558話 聞いて 07
がりがりっ、と『ライトニングチョコ』を噛み砕き。
その甘さが舌へ馴染むより前、一気に飲み込む。
忙しなく品の無い食べ方だけど、これはもう癖だ。
最速で糖分を補給するには、とにかく胃に叩き込まなくちゃ話にならない。
チョコが好きな理由だって、味じゃなく糖分量だから。
ごめんね、『ライトニング』ミニBarパック。
「あたしさ・・・手の掛かんない子供だったと思うよ」
ブラックコーヒーで口の中を洗い流し、告白する。
そう。
これは、《告白》だ。
「学校の勉強は、特に面白いと感じなかったけど。
最低限の努力で、最高の結果を出した。
今それを振り返れば、無駄を省きすぎたのかな。
余計な行動は全部、時間の浪費。
そう決めつけてた節があるのよね」
「ふむ」
「仁生家は、みんな頭が良いから。
言わずとも分かる事は、敢えて言葉にしないのよ。
それが高じて、どんどん無口になってゆくわけ。
”見れば分かるでしょ”、”何故なのか推測出来るでしょ”、って。
だから、あたしには。
徹底的に欠けていたの」
「───喜びが、か?」
「そう。
より具体的に言うと、褒められたかった。
確かに、何でもそつなくこなせたけどね。
それでもやっぱり、褒めてほしいからやった事だってあったの。
そこをハッキリ言葉にしなかったあたしの、反省点でもあるんだけど」
「──────」
「けどさ。
お母さんも、お母さんなのよ。
そういう子供の、子供じみた部分も理解してるくせに。
お母さんから見て『凄い事』じゃなくたって、褒めてくれたらいいじゃない。
余計な事でも、ただの手間でも、嬉しくさせてよ。
あたしだって全部が全部、成功じゃなかったわ。
自分の感情をコントロール出来なくて、叫んだり。
理屈の通らない我儘を言ったこともあったの。
それを、思い切り叱ってくれたら良かったのよ。
ねえ。
貴方はどう思う、デイルス?」
「───カオル───」
「フランスの本ばっかり読んでないでさ。
低次元の、不出来な生き物みたいな扱いじゃなくってさ。
あたしの事を、ちゃんと見てほしかったのよ。
そうしてくれてたら。
一発二発でも、お尻を引っ叩いてくれてたら。
あたしだって、ここまで歪みまくらずに済んだのよ」
「──────」
「デイルスも、そうなんでしょ?」
「まあ───そうだな。
生まれた時から僕の周囲には、判で押したような称賛と隷属しか無かった。
心の底から褒められる事も、腹の底から叱責される事も皆無だった」
「どう悲しんだって、過ぎた時間は戻せないけど。
あたしの望みはもう、永遠に叶わないのかな?
お母さんの子なのに。
仁生 晃子の娘、仁生 薫なのに。
たった一つの『お願い』も、届かないの?
今からでも遅くないから。
小一時間、薄暗い部屋に監禁して。
真っ赤になるまで、お尻を叩いて。
”お母さん、ごめんなさい!”、”もう許して!”、って叫ばせてよ!
どっかの特殊なお店でも体験出来ないような、めくるめく快感を!
最高の悦びを、あたしに味合わせてよ!」
「うん。
最後の最後で、完全に台無しだ。
一応、理解は可能だが」
チョコの包み紙をソーサーに置き。
王子はまるで、怪談を聞き終えた直後のように身震いする。
「それに、カオル。
この会話───アキコさんは、今も聞いていると思うのだが」
「聞いてもらってるのよ!」
「───そうか」
沈黙。
静寂。
胃が引きつるような痛みと、激しい動悸。
そして、後悔。
ああ。
やっぱり今でも、自分の感情を制御出来ないのね、あたし。
汗ではない液体が、じわりと目の端から溢れかけた時。
テンテン テレレレン テレレレ!
テンテン テレレレン テレレレ!
「電話、鳴っているぞ」
「・・・うん」
「良かったな、カオル」
「・・・うん」
・
・
・
・
・
・
・
「というわけでー!年末年始は、実家で過ごす事になりましたー!!」
「───おめでとう、カオル。
正直、羨ましいぞ。アキコさんと同じ屋根の下なんて」
「あはは!そりゃ、親子だしー!
デイルスの今後については、お母さんに頼んでみるから」
「な、何っ!?本当かっ!?」
「本当よ。
どうなるかは確約出来ないけども。やれるだけはやってあげる。
ブラザーだから」
「おお!!恩に着るぞ、シスター!!」
「その代わり、1つお願い。
悪魔としての『お仕事』は、大変だろうけどさ。
あんまり篠原センセの手を焼かせないでね?」
「ようし、分かった!!
先々月から流行らせている新種の集団感染、3つほど収束させよう!!」
うはぁ。
意気揚々と美形スマイルで、恐い事を言うわー。
流石は悪魔、《病原体の王子様》ですこと!
・
・
・
・
・
・
・
(以下、雑談)
↓
天才:「あたしが”年末に帰っていい?”って聞けば、”ええ”と答えるだろうけど」
作者:「うん」
天才:「それよりも、”帰ってきなさい”って命令されたのが嬉しい!」
作者:「う、うん」
王子:「やはり、血の繋がりには勝てないのだろうか・・・」
作者:「勝ち負けよりもまず、興味を引かないとねー」
王子:「実は───首輪と鎖はもう、自作してあるのだ」
天才:「やるわね、ブラザー!」
王子:「なんなら、僕専用の犬小屋も作るぞ?」
作者:「・・・(この王子様、某月刊女性誌の年間ランキングで一位です)」




