556話 聞いて 05
「掛かってきた電話は、その」
あからさまに居心地悪い感じで、王子が『貧乏揺すり』を激しくして。
それから、ぽつりと消え入りそうな声量で呟く。
「───アキコだ」
アキコ・・・晃子。
やっぱり、お母さんか!
「あんた一体、お母さんとどういう関係よ?」
「───昔、力の限り、精一杯の情熱で口説いた」
「・・・昔って、いつの話?」
「ん。あれは、15年ほど前だったか」
「あたし、生まれてるじゃんッ!!」
だんっ!
もう一度テーブルを叩いて、叫んだ。
「とっくに物心が付いてるじゃん!
おい!!仁生家を崩壊させるつもりか!?」
「そ、そんな事、僕が一々気にするわけないだろう!」
「気にしなさいよ!!
あんた鬼か、悪魔かッ!?」
「まあ、そ」
「黙れッ!!」
「───」
あたしの剣幕に、馬鹿王子が何か言い返しかけ。
それから珍しい生き物を見るような目付きで、しげしげとこちらを眺める。
「・・・ああ、もう!
それで?
振られた後は?」
「待て。振られたとは言ってないぞ」
「一瞬たりとも付き合ってるわけないでしょーが。
お母さんが、あんたなんかと。
常識的に、冷静に考えた上での推論よ」
「僕をモテない男のように扱うな!」
「どうせ、その場でただ一言。
『興味が無い』ってあしらわれたんでしょ?」
「──────」
ほら、図星だ。
その時の光景が、目に浮かぶようだよ。
浮かばせたくないけども。
「だが、僕はアキコを!」
「お母さんを呼び捨てにすんな」
「───アキコ、さん」
「オーケー」
「───カオル、僕は今でもアキコさんの事が!」
「はいはい、ストップ!落ち着いて」
両手の平を前に突き出し、興奮で顔を真っ赤にした王子様の発言を止める。
嫌だよ。
こいつから、生々しい恋愛バナシを聞きたくない。
それも、実の母親絡みでさ。
「まずは、ええとね。
そっちが名前で呼ぶなら、あたしもそうするわ。
デイルス、だっけ?
本名じゃなさそうだけど」
「ああ。偽名だが、それで呼べ。
この際だ、《様》は付けなくても許す」
「当たり前でしょうが!
・・・じゃあ、デイルス。
娘のあたしから見て、お母さんはね。
大抵の事柄に関心が薄いし、執着しないの」
「──────」
「大した事じゃない時は、『そう』だけで済まされる。
面白くない時は、『良かったわね』。
そして。
お母さんが『興味が無い』だなんて、キッパリ言う場合は。
金輪際、それを口にするな。
今すぐに見えない所へ行ってちょうだい、さよなら、ってコトよ?」
「ええっ!?」
王子が、王子らしからぬ素っ頓狂な声を上げて、目を見開いた。
「何故!?
どうしてそれならそれで、あの場で言ってくれなかったのだ!?」
うん?
面と向かって言われたらショックでしょうが、あんた。
「残念だけどそれ、《せめてもの優しさ》とかじゃないから。
200パーセント、説明すんのも面倒臭かっただけだと思うよ?」
「そんな───」
「お母さんの興味を引きたいなら、ちょっとやそっとじゃ駄目だからね」
「謎の病気で人間達の半数を死亡させる、とかはどうだ?」
「全然、足りない。
そういうのだと篠原センセも、黙っちゃいないだろうし。
むしろ、人類全てが一切の病気にかからなくなる、くらいが欲しいわね」
「滅茶苦茶だ───流石にそれは、僕とてやっていい事ではないぞ」
「だからー。滅茶苦茶なんだってば、お母さんの基準線は」
「しかし───諦められない───僕は、僕はアキコさんを」
「あたしの前で、具体的に言わないで。想像したくない」
「待て待て、違うぞ。カオルは勘違いしている」
「は?何を?」
「僕はアキコさんに対し、愛しているだの、愛されたいだのという感情は無い」
「??」
「正確には、皆無というわけではなかろうが。
それはあくまで、副次的なもの。
あれば尚良い、という『おまけ』に過ぎない」
「じゃあ、求めている本質は何なのよ」
「───《支配》だ」
「!」
「僕を。
僕の心と肉体を、《支配》してほしい。
失敗すれば、叱責され。
遊びが過ぎれば、軌道修正され。
”お前は私の所有物なのだ”、と。
明確な厳しさをもって、扱ってほしいのだ」
「・・・・・・デイルス」
「────」
「我がブラザー、デイルス」
「え?」
「そして、どうぞよろしく。
あたしは、貴方の妹分よ」
「え?」
すっかり冷たくなったコーヒーを、一口飲み。
あたしは警戒すべき暗黒王子の前で、初めて心の防御壁を全解除した。




