555話 聞いて 04
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さて。
《暗黒王子》との会話を切り上げ、コードの推敲作業に戻ったけれども。
───進まない。
───全然、全く、捗らない。
あーだこーだと降り掛かる上から目線な寝言を、最小限の言葉で躱し。
隙を見て用紙を掻っ攫おうとするのを、ギリギリで阻止し。
そういう事をやっていたら、思考が回るわけがない。
あんたさ。
あっちのリビングでソファーに寝そべって、TV見てりゃいいじゃん。
なんで食卓の、それもあたしの真向かいに座るのよ?
こいつ、実は『寂しがりや』?
お城でも、メイドに構ってもらわないと泣き出すタイプ?
考える必要の無い事ばかりが、ぐるぐる回転して。
崩れた予定の、そのまた次善策さえもが上手くいかない状況に焦燥する。
更には、そこへ追い打ちを掛けるように───
ティロリロリン、ティロリロリン、ティロリロリン。
多分、電話の着信音。
「・・・・・・」
思わず眉をひそめる、あたしの正面。
王子様は魔法のようにドコからもなく、スマホを取り出して。
画面を一瞥するなり、ふん、と短く息をつき、テーブルに置きましたよ。
ティロリロリン、ティロリロリン、ティロリロリン。
「ちょっとさ、うるさいんだけど」
「登録していない番号に応答する道理は無い。
放っておけば、留守番電話に切り替わる」
ええ、それはまあ正論ですけれども。
実際、少ししてから着信音は鳴り止み。
ティロリロリン、ティロリロリン、ティロリロリン。
「・・・いい加減にしてよ!邪魔だっての!」
「どうしろというんだ、この僕に」
「太陽系から離れるか、電話に出て”二度と掛けるな!”、って言え!」
「何だその口調は!
僕に命令するなど、人間如きに許される事ではないぞ!」
「偉そうなのは、そっちでしょうが!
吠えるなら、今掛かってる営業電話にどうぞ!
もしかして、御自分じゃ無理?
お手伝いさんとかに代わってもらわないと駄目?」
「こっ───この!!」
目を細めた地獄王子が、物凄い怒りの形相で睨み付けてきて。
それから、スマホを掴んで椅子から立ち上がった。
礼節お構いなしで乱暴な足音を響かせ、リビングとの境界まで移動。
「───おい!!何の用だ!!誰だ、お前は!?」
あはは!
まるで、癇癪を起こした子供だ。
この勢いなら、掛けてきた相手も退散するしかないだろうなー。
「───ああ!?だから、何を言ってる!?
こっちだって暇じゃないんだぞっ!!
僕の貴重な時間を、何で支払うつもりだ!!
宝石か!?それとも、魂か!?」
喚いている王子の、『美形ボイス』。
けれど、あたしはそういうのに聞き惚れる趣味は無い。
ここぞとばかり、聴覚の感度を1/3まで下げて。
今の内だ、作業を進めてしまおう。
ええと・・・何処まで見たっけ。
ああ、これだ。
この部分、そのまま提出したらマギル講師の指摘が炸裂しそう。
もうちょっと、処理頻度を落とすかな?
いや、可変にしておいたほうが柔軟性がある筈。
『その指示』を任すべき別回路の関数に、かなりの変更が必要だなー。
そっちは2枚くらい前?
よし、見付けた。
記述を追加するのは難しくないけど、『値』の揺れ幅は《仮定》としよう。
後で実際に回してみて、データを取らなきゃね。
───と、そんなのをやっていたら。
───気付いてしまった。
聴覚1/3にしたって、王子の声が全然聴こえてこない事に。
いや、そういうのこそ無視するべきなんだろうけども。
やっぱり、気になる。
気になったら、すぐに確認したくなる。
駄目だなー。
どう足掻いても、一階で魔法研究は無理だ。
ちゃんと一人で籠もらなきゃ、本気なんて出せやしない。
ふう。
溜息をつき、聴覚を戻して。
見たくもない奴のご様子を窺えば。
王子は───本当に少しも、声を発していなかった。
背中をこちらへ向け、スマホを耳に当てたまま、硬直。
石化したように立ち尽くして、ぴくり、とも動かない。
「??」
何やってんのよ?
どうしたの?
いやいや・・・これもまた《余計な思考》だし。
でもでも・・・興味が湧いちゃった以上、どうしようもないし。
電話中ではあるものの、声を掛けたほうがいいんだろうか?
さっきから、相槌の一つも打たずに黙り込んでるけどさ。
ひょっとして機械音声とか、AIに対応されちゃってるわけ?
もしもし?
大丈夫ですか、お坊っちゃん??
「・・・ねえ、ちょっと」
一応は遠慮がちに、安否確認(?)すると。
ほぼ同時に、スマホを持った王子の右手が降ろされ。
そして、妙に静かな───やや固い足取りで戻ってきた。
「どこかの業者?勧誘?」
「いや」
「??」
「──────」
スマホを『消して』再度、普通にあたしの前へ座りやがりましたが。
待てど暮せど、”いや”の続きが返ってこない。
「何だったのよ?トラブル?」
「いや」
「・・・あっそう」
説明する気が無いようだから、問うのは止めよう。
でも、気になるなぁ。
こいつ、クレジットカードでも停止したかな?
支払いが遅れたとかで。
地獄の資産家ではあれど、《人間用の通貨》はそれほど持ち合わせてなくて。
はしゃいで使いまくったら口座が空になってました、ってオチ?
そんな事を想像しながらも、次第に頭の中をクリアにしてゆく。
集中だ、集中。
王子が大人しくしている間に、一行でも二行でも多く。
せめて夜には実証、実験が可能なトコロまで持って行かなきゃ。
「───カオル」
「うわっ、気持ち悪っ!!」
反射的に叫んでしまった。
「何なの、いきなり!?」
「待て、こちらこそ聞きたい。
名前で呼んでやったのに、何故そんな反応を返すのだ?」
「嫌な奴が突然これまでと違う事をしたら、更に不快になるでしょうが!
それはもう、指数関数的に!」
「むむ。
斬れ味は鋭くないが、鈍器で殴りつけるような誹謗中傷だな」
「だったら言い返すより、少しは凹みなさいよ」
腕組みして軽く顎を引いた王子に、ダメージが通った様子は全く無し。
「それよりも、カオル」
「・・・何?」
うう。
どうしても尖った、攻撃的な物言いになってしまう。
ここに第三者が居て、判定されるなら。
役回りが反転、今度はあたしのほうが無礼で尊大な態度に思えるだろう。
でも、生理的に無理だから!
根本的に他者を見下している奴が、わざわざ名前で呼んでくる。
こういう上っ面だけ取り繕ったのは、どうにも薄気味悪くて落ち着かない。
「ええと──────ワンちゃんは、元気か?」
「はあ???」
「元気に、やっているか?」
「ジョニーが一体、どうしたのよ?
気になるなら、自分で見てみれば?
リビングで昼寝してるでしょ」
どうせ、寝たふりだろうけど。
「いや。特に興味は無いのだが」
「じゃあ何で、訊いてくるのよ?」
「──────」
「・・・・・・」
「その───ワンちゃんだが───そいつが料理が得意だとして」
「犬が料理するワケないじゃない。
あんた、頭沸いてんの?」
「いや、仮にだ!仮に、そういう事が出来るとして!」
「・・・それで?」
「何も言わずに、毎食作ってくれるのだとしても。
カオルも女───女の子なんだから、少しは自分でも調理するべきだ」
「・・・・・・」
「───と、僕は思うぞ」
「・・・・・・」
かたん、とペンをテーブルに放り出した。
もはや、コードの精査修正なんてどうでもいい。
そういう事をやってる気分でも、場合でもなくなってしまった。
「・・・さっきの電話、誰?」
「いや───別に」
「誰?」
王子の顔からは完全に、表情が抜け落ちているけども。
視線が逸されている。
目が泳ぎまくり、組んだ腕と肩をイライラと揺らしている。
「だから、その」
「いいから。さっさと言え!」
だん!、とテーブルを叩いて、あたしは王子を脅した。




