553話 聞いて 02
「───ほう。今度はモカか」
薄笑いの邪悪王子が、コーヒーカップを持ち上げるなり、一言。
それから、優雅に一口飲んで。
「───どうにもならんな、これは。
流石、皿を乱雑に置くような女給が淹れただけはある。
紙フィルターの匂いに、ローストし過ぎて焦げた味。
いかにも下層階級の者達が有難がるような、粗雑で品の無い味わいだ。
せっかくだから、飲みはするが。
お薦めのブレンド比は、モカ、ブラジル、タンザニアを5、3、2だぞ」
「ハイハイ!そういう店に行って、お金払って飲んでね!」
お湯を注ぐだけとはいえ、一応はドリップコーヒーだよ。
こんな奴に出すのは勿体無いレベルの、贈答品なのに!
「まったく、貧相な暮らしぶりだな、あいつも。
城の2つ3つは建てているかと思えば、こんな掘っ立て小屋で。
おまけに女給は一人で、客のもてなしも満足に出来ないとは」
「女給じゃない、っての。
あと、医師の平均年収って結構、上のほうだと思うんだけど。
一体どんな贅沢してらっしゃるのか、このトンチキは」
「お前の言う『トンチキ』とやらが誰の事かは知らないが。
僕は、地獄で一番の資産家だ。
いざとなれば大魔王陛下に出資出来るくらい、有り余っているのさ」
「へーへー。高貴な御身分のようで!」
「───いや。血筋で言うなら、ごく一般的だぞ?」
ムカつく程に洗練された所作で置かれる、コーヒーカップ。
着ているクリーム色のセーターは、素人目にもハッキリ分かる極上品。
どこぞのブランドが売るなら『ふたケタ万円』、いや、特注価格か。
鼻持ちならぬ王子は、ふふん、とこちらを馬鹿にして微笑む。
「僕は、たゆまぬ努力により培った実力で、財を成したのだ。
はは!
残念だったな、女。
いかに性根の曲がったお前でも、文句は付けられまい」
「そう?
理屈を並べるまでもなく、単純にあんたの事は大嫌いだけど」
「ふっ、口の減らない女だ。
僕がその気になれば、一瞬で体内からボロボロになるぞ?」
「・・・あっそ」
ウイルス。
病原菌。
成る程、そーゆーコトね。
「乳酸菌と、どっちが強いの?」
「どちらも、『僕』だが?」
「・・・・・・」
言うんじゃなかった。
毎朝飲んでる健康飲料に、有り難みが無くなった。
てゆーか、嫌悪感すら生まれたよ。
そして、あたしが溜息と共に頭を抱えた瞬間。
その隙を狙い澄ましたように、精査中のコピー用紙が引っ張られた。
「ちょっと!何すんの!」
「客を目の前にして、別の仕事か───精が出ると思ってな」
いや、あんたに邪魔されてるんだけどね。
めっちゃ邪魔されてて、殆ど進んでないんだけどね!
「ふむ───ほう───」
「返してってば」
「───中々に良い出来だな、女」
「気持ち悪いから、やめて。
言いたいコトがあるなら、ハッキリ言えば?」
「僕とて、蟻のレベルに合わせるくらいの慈悲は持ち合わせているのさ」
「・・・それは・・・どうも」
ふわり、と宙を舞い。
ピッタリと元の位置へ帰ってきた紙。
あたしの返答にキレが無いのは、その、あれだ。
コードの一部に、注釈が書き加えられていたからだ。
修正や具体的な提案、提示こそ無いけど・・・これは、ちょっと。
的確過ぎる指摘に、ぐうの音も出やしない嫌らしさ。
もーーー!
心底イラつくのよ、腹黒王子めっ!!




