551話 学習帳 2ページ目 05
バキバキ、と枝が折れるような音を立て。
瞼を閉じ胸を反らした男は、十字架の如く両腕を左右に広げ。
「───快楽と愛が 別々の扉から立ち去り
横たわった他人の肋骨を 一つずつ数える朝
”呼吸をするな”と言われても 空気を求め
”食べるな”と言われても 何かを口にするだろう
追われる鳥や 倒される木のように
悲しく優しく 消えてなどやるものか
誰に知られずとも ここにありて
憎悪よ
花となれ 風となれ
夢は終わり 夜も過ぎ去り 季節が変わろうと
悲しく優しく 消えてなどやるものか
眠ったふりをした男の肋骨を 一つずつ数える朝
アスファルトの下 土は泣きながら
わたしに会おうと 手を伸ばしている───」
”・・・ご主人・・・そ、それは・・・”
予想だにしなかった『言葉』に、ネズミの唇は震え。
しかし、それ以上は何も言えず。
───白い海の表層が、ぼごり、と盛り上がり。
───1つが、ズルズルと細く持ち上がる。
その動きを追い掛けて、更に1つ。
もう1つ、と。
膨張した先端部は、ただの球体ではなく、『顔』だった。
今しがた朗々と謳い上げた男と、『同じ顔』。
それが、優に50を越える数。
茎のような部分を捻じくらせ、絡み合い、ひしめき合い。
天井にまで届いて。
ジュギギギギッ!
ジリリッ、ジャジャジャジャッ!!
一斉に、身をくねらせた。
風に吹かれる奇形の向日葵の如く、男を囲んでゆらゆらと揺れ蠢いた。
───その様が。
───それらの立てる音が何を意味しているのかは、疑いの余地も無い。
『死せるネズミ』は。
主人の両腕が、ゆっくりと降ろされてゆくのを見た。
しがみ付いたコート越しに、連続的な振動を感じた。
「───貴様ら」
けたたましい金属音が反響する中、その一言はあまりに小さく無力で。
けれど、一度たりとも聞いた事が無い《怒り》が含まれていた。
どれだけ嫌味を言われようと、雨あられとばかりに銃弾を打ち込まれようと。
棲家ごと礼拝堂を焼かれた時でさえ、主人は怒らなかった。
軽く溜息をつき、それでもどこか愉しんでいるような節さえあったのに。
こんな激情を目の当たりにしたことは、ただの一度もなかった。
「いい加減に」
10本の指に嵌められた指輪の全てが、輝き始め。
従者はもはや、『死』を避ける事は叶わない、と覚悟して。
だが、次に聞こえてきたのは、『主』のものではない声だった。
”おい───何がおかしいんだ?”
真紅の細い軌跡が、びゅん、と空間を走り。
咲いていた向日葵が、一瞬で薙ぎ倒された。
バラバラに千切れ、吹き飛んで粘体の海に、ぼちゃり、と落下した。
”お前ら、家ドコよ?燃やしに行くぞ、コラ!”
”親兄弟全部、容赦しないぞ、コラ!”
”人間の言葉を喋らないのは、頭が悪いからですか?”
”ヒャッハー!べとべとクリーム、焼却さくせーん!”
愛らしく賑やかな少女の声が上がる都度。
赤いレーザーのような線が、白い海を焦がし切り裂いた。
壁と天井に張り付いていたものは、鮫のような歯を持つ口に食い付かれた。
ビイィギヤアアアオオォン!!
燃えながら悲鳴らしき音を立てる粘体の、狂乱、哀願。
腐った果実のような臭気。
───《正体不明》の生命体は。
───同じく《正体不明》の乱入者達に対し、何も出来なかった。
啼き喚いて逃げ回るも、執拗に追い立てられ。
やがて、不可視の排水口に吸い込まれるように小さくなり、全て消失。
僅か10数秒の間の、一方的な展開だった。
”あーー、今回ばかりは、本気でキレちゃったよ!”
まだ興奮醒めやらぬ、といった感じの幼い声。
その場所に、旋回していた他の4本が集結し。
呆然と立ち尽くす一名と一匹の前で、呼吸のような伸び縮みを繰り返す。
”けど、あんたを助けたわけじゃないし!”
”別に、ツンデレじゃないし!”
”わたし達、『優しさ』とか欠片もありませんから、誤解無きよう!”
”まあ、運が良かったってコトにしとこーよー!”
《直線》は口々に叫び。
”””””それじゃあ、干し魚さん───ばいば〜〜い!!”””””
5本が交差して風車のように回転。
数回ほど閃光を放った後に、その姿は掻き消えた。
一転して摂氏60度に迫る、猛烈な熱気の中。
ガレージに残された《不可思議な存在》は、男とネズミのみ。
「───ラッチー」
”・・・何だね”
「どうやら、私は───『少しも間違わなかった』らしい」
”ああ・・・全面的に同意する。
ご主人は間違えず、適切に、《最も力ある言葉》を口にしたようだ”
「うむ。
書物は宝、言葉は力なり」
ぶるり、と一度だけ身を震わせて、男は続ける。
「ただ、あまりの展開についてゆけず、名乗る暇も無かったとはいえ。
『干し魚さん』というのは、あんまりであろう」
”水分の含有率は、大体同じくらいだが”
「ならば、仕方ないな」
ローマカトリックにおいての《異端》というべき、特務隊員。
その中でも《特級の異端》である、『死せる賢者』メルセディアン。
彼は。
取り出した手帳のページを一枚破り取り、握って燃やした。
「この件に関して、報告書は一行で済ませよう」
”そうだな。『異常無し』だけでいい。
それと、ご主人”
「何だね」
”やっぱり私も、最後まで読んでおこうと思う。
・・・あの詩集、もう一度貸してもらえないだろうか?”
「うむ!勿論、構わないとも!」
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(以下、お嬢様方にインタビュー)
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作者:「あのぅ・・・《彼等》のお家は、どうなったんでしょうか」
R's:「頑張り屋の妹から沢山、血を貰ってるし!半分壊しといたよ!」
作者:「・・・はんぶん(白目)」
R's:「途中で飽きちゃった!」
作者:「いやはや、無敵過ぎですよ。どうしてそんなに強いの?」
R's:「長い間、もっと《えげつないの》と戦ってきたから。よゆーう!」
作者:「・・・・・・」
R's:「何?」
作者:「今日はね、おでんです。食べていってよ」
R's:「「「「「おっけい!!」」」」」




