550話 学習帳 2ページ目 04
ギチュチュッ!!
ジジジッ、ギギギリッ!!
点滅する蛍光灯のように黒い血管を浮かばせては消し。
彼方より来たりた者達が、啼き踊る。
「───んん?
なになに───”言葉こそ、力”?
”洗練された言語が、存在の───価値”?
ほほう。
あくまでそこに拘る、という事かね?
こちらは、その言葉自体を完全に理解する術が無いのに?」
男が真っ白な蒸気と共に溜息をつくと。
先程よりも一層の音量で、吐き気のするざわめきが響いた。
「そういう態度をこの星では、『笑って誤魔化した』と表現するのだがね?」
”ご主人!いい加減にしておけ!!”
不規則にのたうつ白い波の『うねり』が、ぴたり、と止まり。
重苦しく不気味な静寂が、ガレージを支配した。
「おや?」
”??”
そして、突然。
けたたましい金属質の叫びが、空気を引き裂いて。
抑揚を伴いながら連続的に。
これでもかという程、耳の奥に叩きつけられた。
それは、この場で正気を保っていられる者なら誰でも理解可能な感情。
明確な、手が付けられない段階の、『激怒』だった。
「───おお。
どうやら《最終通告》らしいぞ、ラッチー」
”えっ!?”
「あーー、ええとだな。
”そこまで言うのなら、この星の『力』ある言葉を示せ”。
”それで自分達を納得させられなければ”」
”・・・なければ??”
「最後の部分が少し、微妙だな。
先程も話した通り、私には《連中》の言語のニュアンスくらいは分かるが。
具体的な『程度』というものまでは、確定出来ないのだよ。
即ち。
我々を殺すのか。
地球を破壊するのか」
”くぁwせdrftgyふじこlp”
「いやいや。とにかく落ち着きたまえ」
”それだと・・・どのみち私達は死ぬのか!?”
「提示したものを《連中》が気に入らなければ、そうなる」
”!!!”
白ネズミの体が、ぶるぶる、がたがたと震えた。
”力ある言葉・・・価値・・・”
「まあ、簡単な課題ではない。
条件を満たす可能性があるものは、非常に限定されるだろうな」
”・・・ご主人よ、聖書だっ!聖書の一節から、何かっ!!”
「いいや。それはいかんぞ」
”どうして!?”
「信仰は時に、試される事もあるが。
それでも。
『信仰を試す』など、あってはならない。
試せば即座、毒蛇に噛まれるだろう」
”・・・禁止された、《蛇使いの儀式》か・・・”
「それを知っているならば、不用意な発言は慎みたまえ、ラッチー」
”・・・そうだ・・・確かにその通りだ。
うむ、ご主人への尊敬を久し振りに感じたよ”
「久し振りかね」
”ああ。
しかし・・・ならば、他に《力ある言葉》とは、何が相応しいのか”
「ううむ───これは凄い事になった。
少々では動じぬ私も、ここまで大事になると緊張を感じ得ないな」
”うう、何故だっ・・・!
何故こんな地球存亡の危機に際し、よりにもよってご主人なんかが!”
「何故と聞かれても、返答に困る。
正に『運命』か。
日頃の行いから連鎖した『因果』か。
それとも、その両方だろうか?」
”・・・・・・”
「しかし、やれるだけはやってみよう。
この世から消滅する前の、最後の発言となるやもしれんからな」
”・・・どんな言葉を言うつもりだ、ご主人”
「《連中》のお気に召すかどうかは、分からんがね。
大丈夫さ、終わりまでしっかりと言い切ってみせよう」
”だから、何をだ”
「───『セックスと、見えざる悲しみについて』」
”・・・え??”
「『セックスと、見えざる悲しみについて』、だ」
”・・・えっ!!??”




