549話 学習帳 2ページ目 03
「こういう事態に陥ってしまったのは、仕方無かったとして。
どうにも腑に落ちぬ点があるな」
もう一度ネズミの頭上に掌を掲げ。
男は、さも何でもなさ気に続ける。
”・・・何が、かね?”
「《連中》の態度だよ。
怒っているとか、そういう感情的な部分は抜きにしても。
ちょっと腹が立つくらい、こちらを馬鹿にしている」
”そうなのか?”
「ああ、そうだとも。
そりゃあ、向こうは生物として、非常に高度な代物だろうが。
かといって、自分達以外を見下し、真っ向から否定するのは如何なものか」
”・・・・・・”
「大体、見た目は所謂『粘菌』のようだがね。
さりとて、群体としての統一意識があるわけでもなく。
集団となれば、ああやって意思の疎通、意見統一の為に協議する必要すらある。
それなのに、だ。
訪れてから二十分程度しか経っていない、この地球という場所で。
しかも、私と君の他には観察対象も無く。
それで一体、何をどう判断すればこんなに居丈高になれるのやら」
ジチジチッ!!
ギリン、ギリリッ!!
”お、おい、ご主人・・・何だか《彼等》の様子が”
「向こうは、我々の言葉を理解しているようだからな。
痛いところを突かれて、頭にきたんだろう」
”くぁwせdrftgyふじこlp”
「むむ───君まで奇妙な言語を使うのは、やめてくれないかね」
”何故、分かっていながら挑発するのだ!?”
「私に、挑発の意図は無いぞ。
こちらの言葉を完璧に分かっているのに、それを使って会話しようとしない。
そういう直情的で効率を考えない《連中》が、勝手に喚いているだけさ」
”いや!だから、ご主人!”
「なあ、親愛なるラッチー。
君は、悔しくないのかね?」
”・・・え?”
「ドロドロ、ブヨブヨした輩が、突然やって来て。
このガレージの構造や材質、そこで凍り付いている発電機のワット数。
そういったものを散々、馬鹿にしているようだが。
この星の『発展度』。
即ち、『人間の文明、文化水準』を否定されて。
悔しくはないのかね?」
”・・・・・・”
落ち窪んだ眼窩の奥、赤く滲んだ光を灯して。
男は言う。
「『死せる我々』とて、人間の心から派生した存在だ。
その人間より強大に産まれようと、現存する数は少なかろうと。
『親』を嘲笑されて、腹立たしいという感情が湧かないかね?」
”・・・それは・・・”
「とてつもない進化を遂げた《高等生物》、結構結構!
しかしだね。
《連中》の出現から、現在に至るまで。
私は『感銘』や『憧憬』というものを、微塵も受けてはいないのだが?」
”ご主人!もうこれ以上は!”
「ああ、心配は要らないぞ、ラッチー。
私はね。
『死せる賢者』の中でも、とびきり奥ゆかしいほうだよ」
首を回す男から、ぱきり、と乾いた音が上がる。
ガレージの内部は。
人間ではない者ですら、ついに限界を越えそうな超低温下だった。




