547話 学習帳 2ページ目 01
【学習帳 2ページ目】
「まあ、それにしてもだ」
冷えた空気の中、長身の男が胸元のジッパーを一番上まで上げ。
しかし、背筋を伸ばし、ぐい、と顎を引いて呟いた。
「今回ばかりは、私のとった行動に僅かな間違いも無いな」
”・・・・・・”
「うむ───全て正しい。はっきり言って、自信がある。
だが、慢心するのは良くない。
したがって、ラッチー。
些かのミスも無いとは理解していても、尚。
念には念を入れ、一旦ここまでの経緯を振り返ってみようと思うのだが」
”・・・ご主人、今はそんな事をしている場合じゃ・・・ないだろう”
弾痕はおろか、擦り傷の一つも付いておらぬ、真新しいトレンチコート。
その左脇腹あたりにしがみついた白ネズミが、『死んだような目』で訴える。
『死せるネズミ』、ラッチー。
彼はすでに死んだ身ではあるものの、再度それを繰り返したいとは望まない。
望まないからこそ、震えていた。
寒さと恐怖のカクテルに、限界まで身を縮めて。
肌色の尻尾をクルクルと巻き、腹の下の毛にそれを隠すしか手がなかった。
「ああ、それは安心していい。
『あちら』も色々と協議中らしい。
そこそこの時間はあるようだぞ」
”そう・・・かね”
「確かに、《状況は良くない》。
人間ならば、3秒弱で完全発狂に至るところだが。
幸いにして我等は、非常に高い恐怖耐性を有している。
『死せる賢者』という種族であったのが救いだな。
最後の最後まで思考活動が止まらぬ。
こんな時には何とも、嬉しい限りだよ」
”・・・・・・”
「───さて。
二回目の任務となるこの度も、難易度としてはかなり下のほう。
《同志ベリーリ》が、やり過ぎなくらい気を回してくれたのだろう。
正直なところ、これは任務というより休暇、『台湾旅行』のようなものだ」
”・・・ああ”
「《電脳異界倶楽部》。
団体名称とは裏腹に、超常現象を扱う月刊誌の巻末でメンバー募集。
部長の家の空きガレージで、各自が持ち寄った《不思議な話》を語り合う。
割引のスナックを砂糖たっぷりの炭酸飲料で流し込む、微笑ましい集団。
思想もニュートラル。
放置したところで、実害は皆無。
《三種指定》にさえ当て嵌まらぬ、至極真っ当な連中だ」
”そう・・・『だった』な”
「いやいや、ラッチー。
『そうなのだ』よ。
世間話のついでに彼等が床へ描いた図形も、ただのまやかし。
見てくれこそ奇怪だが、悪魔を引き寄せるような《召喚陣》でもなく。
実際、何の不可解な出来事が起きることもなかった。
単なる、子供の遊びさ」
”『そうだった』な”
「───嫌味かね、ラッチー」
”・・・『そうだ』とも、ご主人”
マイナス40度にまで低下した、ガレージの真ん中。
飄々(ひょうひょう)と語る男を精一杯に睨みつけた白ネズミだったが。
その怒りの感情は。
ほんの少しも、彼の体を温めはしなかった。




