541話 知らない騎士団と疑惑 12
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「《対象》が何処へ赴任しようとも、必ず接触があり。
何度も金の遣り取りがあり。
且つ、この任務を差し込んだ禿げが知らないであろう『もの』。
そういう『団体』を特定しました」
「───特定したのかね?」
「しました」
おいおい。
そういう目付きは、豚にゃ似合わないぞ。
管区大司教って、いつからマフィアの首領になったんだよ?
「報告書、渡しときますね」
「──────」
「団体名称は、《GGH》です」
「《GGH》?」
「Green Grasshoppers、草野球チームの連合会です」
「──────」
「全米各地に支部を持ち、他国にも幾つか、同様の関連団体があるようで。
この《GGH》、バザーの売上という形で《対象》の所属する教会に寄進してます」
「それは形式上、何の問題も無いだろう」
「そうですか。良かったですね」
「──────」
「《対象》が《GGH》に寄付した金は、草野球の振興と地域活性に貢献する為で。
個人の銀行口座から年に一回、50ドルぴったりです」
「それも問題は無いだろう」
「そうですか。良かったですね」
「──────」
「草野球、《対象》も時々、飛び入りでプレイしてるみたいですよ?
右でも左でも打てて、強肩で、セカンドの守備に定評があるとか」
「──────」
「あと、添付した書類。
《GGH》の会長以下、主だった役員の住所と略歴です。
いやー、凄いなぁ!
こんなの僕一人じゃ、数日の間で調査とか裏取りとか出来ませんねー!」
「──────」
「いい加減に啼き声くらい、上げたらどうです?」
「───そうだね。マーカス君」
「はい」
「今回の任務は残念ながら、『失敗』だよ。
それも、特大級の、『完璧な失敗』だと言えるね」
「そうですか。そりゃあ、良かった」
「君のように優秀な特務員が、任務を失敗するなんて。
よっぽど疲労が蓄積しているんだろう。
明日から三日間、《特別休暇》だ。
しっかりと心身を休ませて、次回の任務に備えたまえ」
「おお!」
「それとね。
賞与以外に、《慰労金》を振り込もう。
『決して子供騙しではない』額面だ。
明日の午前中には引き出せるようにしておく」
「至れり尽くせり、ですね!
お心遣いに、感謝します。
遠くにいらっしゃる方にも、宜しくお伝えください」
「うんうん」
僕だって金や休暇と引き換えなら、一時的な嫌悪感くらい引っ込めるさ。
生暖かくて気持ち悪い豚の手を笑顔で握り締め、シェイク、シェイク!
耐えろ、我慢だ!
「ああ、マーカス君。
休暇に入る前に一応、確認しておくんだけども」
「何です?」
「まさか君───その《GGH》とやらに『入会』とか、していないよねぇ?」
「ははは。何言ってるんですか。
僕が運動関係まるっきり駄目なの、知ってますよね?
無理して野球なんかする暇があるなら、自主的に格技の練習でもしますって。
まあ、しませんけども」
「そう───だよねぇ」
「じゃ、お疲れ様でしたーー」
さあ、必死のスマイルフェイスが崩壊する前に退散だ!
豚に背を向け、素早く部屋から出る。
豚野郎め。
本当に気持ち悪くて、不快で。
───得体の知れない奴だよ。
───リスヴェン枢機卿もな。
この2名は。
他の枢機卿からドンソン司祭が、カルトとの関係性を疑われていても。
『そうではない』という事を、知っていた。
その団体に悪魔が絡んでいるのも、それが無害であるのも知っていた。
最初から全部、知ってやがった。
けどさぁ。
晴れて《騎士団入り》した僕は、今なら分かるんだよ。
『聖ドンソン影十字騎士団』が、本当に《影》であり。
冗談みたいなネーミングでも、マジな『秘密組織』だって事がさ。
ダミー団体を準備しておくような、用意周到さだぞ?
外部の、それも人間相手に存在がバレるようなヘマなんてするもんか。
『そういう連中がいる』とは派閥違いの禿に言えず、僕をコキ使った。
上手く《軟着陸》させる為、”悪魔の力でも使え”とまで言いやがったけどさ。
───お前らは、どうやって『騎士団』の存在を知ったんだよ?
───誰からの情報だよ?
僕やシンの他に、悪魔と接触可能な隊員がいるのか?
特務じゃなく、秘匿部隊か?
それとも。
お前ら自身が直接、悪魔に関わってるのか?
しかも、アレだ。
今回の任務を受ける時、豚から”《野心》はあるか”と問われたが。
それが意味するところは。
この話を別の枢機卿に暴露するつもりがあるか、だよな?
あそこで『Yes』って答えてたら、どうなってたかは知りたくもないけど。
その一方でお前らは、自身の教義や信仰的には何の問題も無い、と思っている。
教会の表側、現役の司祭が悪魔と繋がっていても、『それを良しとする』と。
二人揃って、そういう見解なんだよな?
正直さぁ。
お前らが『お偉いさん』じゃなく、他の特務隊員とかなら大歓迎だったよ。
本当の仲間として共感し、仲良くなろうと努力だってしたかもしれない。
だけどな。
あんたらは駄目だ。
信用出来ない。
僕なんかと違って、偉い奴には大きな責任がある。
感情や願望だけで、全てを決められない。
いざという時、自分の主義を殺してでも組織の保全へと走る可能性がある。
それを一方的に『悪い』と決めつける気はないけどな。
僕だって、それなりの年齢だしさ。
けれど、そういう偉い奴とは一緒に歩けないんだ。
たとえ同じ道であろうと、並んでは進めないんだよ。
お互い、分かれる時に気まずくなりたくないだろ?
悪いな。
豪勢な椅子に座れないくらい落ちぶれてから、声を掛けてくれよな。
───まあ、考えるのはここまでにしておくか。
───せっかくの休暇だ、のんびり楽しくしないとな!
昨日の夜。
早速、騎士団の公式サイトにアクセスして、動画を見た。
ドンソン司祭がこれまでに説いた、ほぼ全ての《説教》。
それがノーカットでいつでも視聴可能で、更新もされているという有り難さ。
各《説教》には主題があるけど、その中身は想像を軽く超えてゆく。
有志がくっ付けた副題も、ブッ飛び過ぎて意味不明だ。
例えば、バルストが強く勧めてきた一本。
───《#095 信仰の道をゆく 〜ドラゴン死闘編》。
”ジェットコースターな展開で、抱腹絶倒!”
”これだけは真っ先に見るべき!”、とまで言われてさ。
実際、ホテルの部屋で床を転げ回ることになったよ。
馬鹿笑いし続けて、かなり隣に迷惑を掛けたと反省してるよ。
いやホント、何をどうすりゃドラゴンと、ああなるんだっての。
こうしてる今も、頭の中で延々と再生されてんだよ。
止まらないんだ。
「SNSで晒してやる!」
「すでに私は炎上中だッ!」、のくだりがリピートされまくりだよ!
───あ〜〜、駄目だ。
ホテルに戻って、もう一度見よう。
あと、シンにも見てもらいたいから、入団するように誘ってみるか。
あんまり悪魔と関わってもらいたくはないが、この『騎士団』ならオーケーだ。
『お母様』を経由すれば、サクっと入れるに違いない。
団員に怖がられてるくらいだから、一発で許可が出るだろ!




