538話 知らない騎士団と疑惑 09
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ハンバーガーとポテトを完食すれば、セットで付いてきたコーヒーは空だ。
バルストが淹れてくれたコーヒーを追加で味わいながら、リラックスタイム。
とはいえ、任務だからな。
やるべき事は、やらなきゃいけない。
「話せるなら、で構わないんだけどさ。
その、『聖ドンソン影十字騎士団』の詳細を聞いてもいいか?」
「ああ。別にいいぜ、お前になら」
キッチンスペースの換気扇の前でタバコを吹かしつつ。
バルストが、思いのほか呆気なく答えた。
「───ドンソン司祭は、『悪魔が見える人間』だ」
「ふむ」
「そして、お前と同じで、見える上に聖職者という立場だ。
だから普通なら、『気付いていないフリ』をするんだろうけどな。
彼は、少しも普通の聖職者じゃなかった」
「そうだな。あれで普通なら、とっくにカトリックは崩壊してる」
「司祭はとにかく、誰の話でもよく聞くんだ。
相手が悪魔であろうと、嫌がりゃしない。
自分から”やあ!”、と挨拶し。
天気や政治、美味い店、どういった話題でもする。
向こうがノれば、幾らでも聞き役になる。
おまけに、宗教の押し売りも全く無し、ときてる。
そりゃ悪魔だって、人間を嫌ってるわけでも、会話を避けてるわけでもない。
顔を合わせる度に話し込めば、次第に『そういう関係』だと認識する。
ランチを共にしてりゃ、仲も深まってゆく。
情だって持つし、こっちのほうから声を掛けるようにもなるさ」
キン、とライターの音がして、2本目に火が灯される。
「───で。
そうやって付き合ってる時にな。
一匹の悪魔が、つい口を滑らせちまった。
”仕事がキツい”
”ノルマが膨大で、どんなに頑張っても叱責される”
”稼ぎの殆どが自分の分にはならなくて、悔しい、情け無い”、ってな」
「・・・・・・」
「そういう愚痴は人間の、それも聖職者に零すモンじゃあない。
聞かされたほうも、コメントのしようが無いだろ?
そもそもが『悪魔の仕事』なんて、人間にとっては『悪い話』だ」
「場合によるだろ」
「───有り難いけどな。
そう言ってくれるのは、お前くらいだよ。
とにかく、愚痴った悪魔は口にしてしまった後、”マズい”と思った。
思ったんだが、止まれなかった。
日頃からの鬱憤が抑えきれず、何もかもをブチ撒けちまった。
しかも。
集まってきた仲間もそこに乗っかり、『愚痴吐きパーティー』と化した。
そして、いい加減正気に戻った時。
ドンソン司祭の顔は、真っ赤になっていた」
「・・・・・・」
「───司祭が、言ったのさ。
”私を、上司のところへ、案内しなさい”、と。
一言ずつ区切るように。
おっそろしい顔付きで、静かに言ったんだ。
いやいや。
連れてけ、ったって無理だ。
流石にそれはできない。
悪魔達はやんわりと拒絶したが、司祭は頑として折れない。
”私を、上司のところへ、案内しなさい”。
懐から取り出した聖書を手に、一歩も譲ろうとしなかった」
「うわぁ・・・出したのか、聖書」
「出したんだよ。
そんでもって、小刻みに震えてるわけだ。
すでに怒りが、最高潮まで達してたんだよ。
それを見て、悪魔達は考えた。
ドンソン司祭をボスのところへ案内すれば、大変な事になる。
連れて行った自分達も絶対、処罰を受けるに違いない。
しかし、だ。
こうやって仕事そっちのけで長時間くっちゃべってた事自体が、大問題。
ボスだって、間抜けじゃあない。
いつまでも帰ってこないのに気付いて、監視の手を伸ばした筈。
つまり。
すでに『何を喋ったのか』はバレてる筈。
───だったら、これは。
イチかバチかで、司祭に御登場願うか?
なんならもう、その勢いで一派に反乱を起こすか?、と」
小さな円筒状の灰皿に、カチャン、と蓋をして。
バルストが、にやりと笑った。
「本当に行ったのか、その『ボス』のところに」
「行ったぜ。
そんで、一派のアジトへ着くなり。
止める間も無く司祭は、ボスに襲い掛かったのさ。
”貴様あッ!!絶対に許さんぞッ!!”、と叫んでな」
「マジかよっ!?」
「ああ、大マジだ。
人類史上初の、『対悪魔・近接格闘戦』だ。
───しかし、お前も分かってると思うが。
残念ながら人間と喧嘩して負けるような悪魔なんて、いやしない。
豪風と共に振り回される攻撃は、ことごとく躱され。
フェイントからの『聖書フック』も『聖書アッパー』も、掠りさえせず。
勇敢なる司祭は一発のヒットも与えられぬまま、第二ラウンド中盤で力尽きた」
「・・・分かってた上で、それでもやったんだろうな」
「多分な。
ゼエゼエと膝を突いた巨漢の司祭に対して、悪魔のボスは汗の一滴も浮かべず。
勝者は誰の目にも明らかだった。
”気は済んだか、人間”
”カトリック司祭として、まず暴力から入るというのはどうかと思うがね”
蔑みの目で見下ろすボス。
それからその視線は、司祭の後ろで見守っていた部下達に向けられ。
”さて。お前達が働いていなかった秒数分、きっちりとペナルティがあるが”
”覚悟はできているかね?”
いよいよもってこれは、反乱でもやるしかない、と何名かが腹を括った時。
だがそれは、振り返らぬまま背後に突き出された司祭の手で制止された」
「・・・・・・」
「”気は済んだとも、尊大なる悪魔!”
”過剰な怒りを鎮めるには、力ずくの勝負に負けるのが一番良いのでな!”
”ははは!それこそ、負け惜しみというものだろう”
余裕の笑みを浮かべる、《百年学院》を卒業したのが自慢の、インテリ悪魔。
しかし、ドンソン司祭は屈しなかった。
それだけで終わるような、普通の人間ではなかった」
「そうだよ・・・そうだよなっ!」
すげぇ!
めっちゃ熱い展開だ!
考えたこともなかったぞ、『悪魔 VS 聖職者』の一騎討ちとか!
映画やドラマに出て来る『悪魔祓い』じゃなく、現実!
伝説級のファイトだぞ、これ!
コーヒーカップを持つ僕の手に、思わず力が込もった。




