537話 知らない騎士団と疑惑 08
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”───我々は、影である”
松明の明かりが仄かに揺れる中。
静かに、しかしよく通る声でそれは言った。
”世界が正しき光で満たされるなら、そこへ密かにあるだけの、小さき影。
何を羨むこと無く、何を奪うこともせぬ影だ”
男であるのだろう声の主は、白装束。
その中央には、遠慮がちに小さな黒の十字が描かれている。
”我々は忍耐と、慎ましき行動を尊ぶ。
自らの名誉、利益よりも、他者のそれを守り助けることこそが願いであり。
この《誓い》に反する者は一名たりともおらぬ、と私は確信している。
そして、諸君もまた同じ思いであるだろう”
男は壇上から見渡すかの如く、微かに首を回したが。
同様の装束に身を包む者達は、さも当然だ、とばかりに微動だにしない。
”もう一度、繰り返すが。
我等は、影だ。
誰の目に見えなくとも、見えた者に嘲笑されようと。
伸ばした腕の中、精一杯に《守り助ける》のみ。
だが、世界の表側へ出ることはない『影十字』の我等にも。
ただ一つだけ、許せぬ事がある。
それは、偉大なるドンソン師、本人に対する謂れなき誹謗と迫害だ”
───ざわめきが広がった。
───それは言葉ではなく、唸り声のような怨嗟だった。
”諸君。
師は、またしても『追放』の憂き目にあわれた。
誠の言動の端々(はしばし)だけを抜き取られ、改竄され。
愚かしい理由を付加して、遠き地へ旅立つことを余儀なくされた。
これは一体、何度目か?
いや、何十度目か?
何処の何者によって、それが決定したかは!
今、私が語らずとも明白であろう!”
一気に興奮を高めた男が、荒々しくフードを跳ね上げる。
青筋を浮かせた額に、鷹のような鋭い目。
深々と息を吸い込み。
───ドゴォンッ!!
打ち下ろされた拳が、木製の卓を真っ二つに叩き割った。
”ヴァチカン、許すまじッ!!”
ヴァチカン、許すまじッ!!
”枢機卿に、鉄槌をッ!!”
枢機卿に、鉄槌をッ!!
”ヴァチカン、許すまじッ!!”
熱狂的な怒声と共に、突き上げられる拳。
カメラがゆっくりと『引き』に入って、会場全体を俯瞰すれば。
総数で千に届くほどの白装束。
それらが皆、フードを外して素顔を晒し、叫び続けて。
───そこで、映像が止まった。
「とまあ、こんなところだな」
バルストが呟き、リモコン操作で照明の光量を元に戻し。
手の平サイズの円盤に載った鉱物へ触れると、壁に向けた投影がオフになる。
何だか不思議な物体だが、プロジェクターみたいなもんだろうな。
実際の動作、そのままに。
「それで。『集会記録』の感想はどうだよ、マーカス」
「・・・何も聞いちゃいない普通の特務員が見たら、カルト認定だ。
数も数だし、《二種》どころか《一種指定》確実だろ」
ただし。
映ってたのは全員、人間ではなくて『悪魔』だけどな。
それでもヴァチカンと禿共に対するdisりっぷりは、非常に好感が持てるよ。
「俺にこの話を持ってきて、大正解だ。
お前の『ロザリオ』の件も、すぐに確認が来たぜ?」
「えっ?ギリアム様じゃなく、バルストにか??」
「そのギリアム様はな、他の悪魔達にそりゃもう、怖がられてるんだよ」
「ああーー、成る程」
分かるぞ。
僕だって何かあった時、枢機卿のスマホに直接電話したりはしない。
フリーダイヤルの、信徒専用『お悩み相談室』とかにするさ。
どっちも番号、知らないけどな。
「いったいコレ、どういう素性の団体なんだ?
ていうか、悪魔が人間を《師》と崇めるとか、アリなのか?」
「───『聖ドンソン影十字騎士団』」
「えっ」
「ああ、言わんとするところは理解できる。
カトリックとしては非公式の、それも在命者の《聖人呼び》はマズいんだろ?
そこは何というか、団員の熱意みたいなモンだと割り切ってくれ。
当の本人も知らないところでの呼称だよ」
「ドンソン司祭は全く関与していない、と?」
「おう。夢にも思ってないだろうし、完全に隠し通してる。
それにな、さっきのやつ。
インパクトは凄いが、だからって何をしでかすという訳でも無いんだ。
単なる《ガス抜き》なんだよ。
司祭が左遷される度の、もはや恒例行事さ」
「・・・やけに詳しいじゃないか。
もしかして、バルストも『団員』か?」
「その通り!
本人と多少の面識があるもんで、何らかの助力をしたくてな。
まあ、《説教》が面白いからってのが、一番の理由だが」
ラグマットへ座り込み、ハンバーガーを頬張るバルスト。
僕も包み紙を開いて、遠慮無くかぶり付く。
「───ん───日本で食べたのと同じ味だ。凄く美味い」
「そうだろ、そうだろ。
俺は日本産の鶏肉を使ったのじゃなきゃ、テリヤキチキンと認めないからな!」
暖色系の滲むような明かりの中、男二人。
ここは、バルストの『隠れ家』らしい。
実際は隠れるより、こういう大っぴらに出来ない会話をする時に使うんだとか。
───いいよなぁ、これ!
僕もホテル暮らしじゃなく、こういう落ち着ける場所を確保したいもんだよ。
自分の部屋なんて、二ヶ月に一度くらいしか戻れない。
ようやく休暇になったところで地球の裏側なら、飛行機代も時間も無駄だ。
殆ど帰らないまま、延々と賃貸料と光熱費の基本料金を払ってるよ。
住民登録上の住所を維持する為に。
関係者の住居って、普通は教会が一括して面倒を見てくれるんだが。
秘匿や特務隊員の場合だと、それに当て嵌まらない。
もしもの時には、カトリックとは無縁のフリをしなけりゃいけないからな。
その分、給料に『特別な住居費』をプラスしてくれっての!
個人の信仰心を当てにして、福利厚生を誤魔化せると思うなよ!?




