526話 損は無し 01
【損は無し】
スマートフォンは必ず、左手だけでホールドする。
タップやフリック等の操作も、左手の指しか使わない。
右手は常に、タバコを持つ為に空けておくのが基本。
じゃあ、タバコを吸いつつ何らかのアプリを使用中。
急にコーヒーを飲みたくなったら、どうするか?
───普通に、大人しくスマートフォンを置けばいい。
───高価な文明の利器とて、コーヒーよりは優先順位が劣るだけの話だ。
ガラステーブルに置いた、それの画面。
表示されている数字。
思わず零したのは溜息ではなく、感嘆。
───現在、地獄は『大改革』の真っ最中だ。
評議会のクソ議員達は全員、《永久幽閉》。
一般職員は、陛下自らの審査と面談を経て再編成され。
議員を選出する国民選挙の準備も、着々と進行中。
そして。
驚くべき事に、今月の『支払い額』が腰を抜かすくらい減った。
なんと、1/3だ。
”高くて当たり前”という感覚になっていたのが、いきなり1/3だぞ!
嬉しい事に、これは一時的な措置ではない。
『毎月、この先ずっと』と定められた数字。
戦後生まれの奴等はまあ、知らないだろうが。
この額こそが《戦前》においての、本来の《税徴収》である。
しかも、それだけじゃあない。
数千年に渡って俺達が払い続けてきた『違法な徴収』が、全て返却された!
本当に、まるっと全部、各々に戻ってきた!
議員の財産を家屋、調度品、土地や株式に至るまで処分し、国民へ分配。
すでに使い込まれていた分は、陛下と《四家》が私費で補填したらしい。
凄すぎるだろ、魔王陛下!
何という手の速さ、実行力!
首都の被災者には見舞金が、《蜂》を撃退した俺らには報奨金もくださった!
あれからたった数日で、これだ。
今、悪魔達には空前の好景気が到来している。
生産も消費もガンガンに回って、万歳!万歳!、と大喝采である。
更に、更に。
それに加えて。
《森の戦友支援会》が、陛下の公認組織となった。
その上に私費で、ドカン!、と莫大な資金を賜ったのだ。
これまでは、とにかく資金繰りが厳しかった。
正確には『十二会』との交渉に、散々手を焼かされてきた。
奴等が居なくなり、資金の心配が無くなったのは喜ばしい。
そして、それ以上に有り難いのが『陛下公認』。
即ち、悪魔とエルフとの関係を、戦後の現在も認めてくださった、という事実。
大戦経験者も、考えは様々だ。
そもそも、皆が北西部で戦ったわけではないから、味方ばかりじゃあない。
”エルフ、エルフと五月蝿い奴等め”、と不快に思っている連中も居る。
そこへ投じられた最大の救援が、『公認』。
これを切っ掛けに、多くの悪魔がその意味を読み解くだろう。
エルフとの関係を、真剣に考えるようになる筈だ。
会長である俺も、会員達も、それこそが一番嬉しい。
こんな日が来るなんて、想像したこともなかったよ。
───ただし。
───ここまでして頂いても、表沙汰にできない事がある。
俺達《北西部の生存者》は、喋らない。
あの地で何が行われたのか。
それを語る訳にはいかない。
《支援会》の発足にあたり、クソ共との交換条件は『口を閉ざすこと』だった。
『十二会』が消え失せようと、約束は約束だ。
俺達全員、何一つ当時を語るつもりは無い。
陛下にだけは・・・と思いはするが、やはり駄目だな。
公にならないとしても、俺達が抱えている真実のインパクトはデカ過ぎる。
誰が知ったところで、誰も得はしないことが確実だ。
陛下の新たなる治世に傷を付けたり、責を負っていただくつもりもない。
こればっかりは、一生モノの秘密になるだろうな。
まあ───それはともかくとして。
目出度い尽くしの、今日この頃だ。
不意にもたらされた『大金』にも正直、心が踊り出している。
大枚叩いて、久し振りにコイーバでも吸うか?
一晩でミュンヘン全てのバーガーショップを制覇してみる、とか。
そうだ、オークションの出物を調べないとな!
今は皆、懐に余裕があるから落札価格が高くなるに違いない。
欲しい物は早いところ手を打たないと、倍どころじゃ済まなくなるぞ!
次のタバコに火を灯し、マギルにコーヒーのお代わりを頼もうとした時。
この幸せな一時を邪魔する存在が現れた。
招かれざる客。
招いていないはずの『蜘蛛』の、御登場である───




